87話 二人と共に過ごして見渡す世界は
「洗ってあげる」
髪を洗い終わったクーが泡を纏い、ミズキへと抱き着いていた。
「うひゃああ!? 直接、直接はまずいですよ!」
「暖かいし、一石二鳥」
ミズキがばたばたと暴れるが、クーは逃がしてはくれない。むしろその拘束はきつくなり、脱出はより困難になっていった。
「自分で、自分で洗いますからああああ!」
「ついでに洗ってあげる」
泡だらけのスポンジでミズキが悶えながらも洗われていくが、いつの間にか手で洗われてしまいか細い声が漏れていた。
「あっ……! クーさん待って、そこはっ……!」
その様子をファティマが顔を赤らめながらに見ていたが、クーがやめる気配はない。
洗う手の止まってしまっていた一九九一が、真っ赤な顔を両手で覆い、その指の隙間から二人の様子を凝視していた。
クーの責めはエスカレートしていき、泡の付いた手で全身をくまなく滑らせていく。クーの勢い余った手が脇腹を撫でてしまう。
「ひゃうん!? ど、どこを触ってるんですかッ……!?」
「手が滑った」
「あッ……! や、やめッ……!」
洗い終わった頃には、ミズキはクーの腕の中でぐったりとしていた。その横ではファティマと一九九一が、共に赤くした顔を逸らしていた。
それからは、ファティマの体を洗う手伝いも終えた一九九一は、何も言わずに戻っていってしまう。
「か、体も洗い終わったしお風呂に入らない?」
ファティマが遠慮がちに言うとクーは立ち上がり、ミズキを抱えたまま露天風呂へと向かう。
お湯に浸かったクーがくつろぐことで、その束縛からやっと解放されたミズキはすぐさま逃げだした。
クーから離れるようにして後ろに下がっていくと、露天風呂の縁に当たった。振り向くと『森の都』を一望することができた。
巨大かつ円形に広がる街の景色が、視界いっぱいに広がり、それは以前見た夜の『森の都』とは違った絶景だった。
「わぁ、すごいです! すごい景色ですよ!」
ミズキは目を輝かせて喜んだ。思わず身を乗り出した体を雫が流れ落ちていく。
大浴場というだけあって多くの人が利用しており、その賑わいは活気に満ち溢れている。人々の団らんの声が、流れる湯の音と共に聞こえてきていた。
ここは自分の知らない世界で、自分が異物たりえる世界だ。
しかし、この暖かな空間はミズキを安心させてくれた。慣れ親しんだ風呂がここまで優しく、包み込んでくれるものなのかとミズキは感心する。
そう考えればこの空間が愛しくなってきた。まるで、この世界が自分を受け入れてくれているかのような、そんな感覚を与えてくれている。
僅かの時だったが、帰ることのできた元の世界はやはり恋しかった。
しかし、世界は世界なのだ。受け入れればそこが、自分の居場所になってくれるのかもしれない。
感情が高まり、ミズキがしんみりしていると後ろから抱きつく者が居た。
「ミズキが一番暖かい」
クーがそう言いながら、ミズキを後ろへ引き倒すと派手に水しぶきが上がった。
「ちょっと二人とも、もう少し静かに入ろうよ」
ファティマは注意しながら、こちらへとやってきていた。
「ミズキ、元気が出たみたいで良かったよ。なんだか空元気なような気がして心配だったから」
ミズキを憂いていたファティマは、目を細めて微笑んでいた。
「大丈夫」
クーは相変わらず言葉が足りないが、ミズキを安心させる優しい声音だった。もしかしたらクーなりに、今まで慰めてくれていたのかもしれない。
ミズキはたゆたう湯に包まれながら、そうだったのかと得心した。二人はすでに受け入れてくれていたのだと。
今までいろいろな人と会ってきたことを思い起こす。最初は一人でとても怖かったが、今は自分を知ってくれる人たちが居る。
自分を支えてくれる者たちがいる。なればこそ、ここはもう、知らない世界ではなかったのだ。
「二人とも。ありがとうね」
ファティマは片方しかない腕で二人を抱き締める。クーはいつもと変わらない、じっとりとした目のまま抱くミズキを離さなかった。
「どうする?」
クーが短く問いかける。
「もうちょっとだけこのままがいいな……」
「ん」
クーが短く答えれば静かで暖かい時間が過ぎていった。
*
「ん……」
どうやら寝てしまっていたようで、ミズキが目を開けると辺りは暗く、いつの間にか夜になっていた。
「起きた」
「おはようミズキ?」
クーが起きたミズキに気がつき、ファティマはミズキの様子をうかがっていた。
「ご、ごめんなさい。寝ちゃいました……」
「気にしない」
クーは一言喋ると起き上がる。
「どうする?」
「もう上がりましょうか」
「わかった」
やはりクーはミズキを抱えたまま、浸かる湯から立ち上がった。
「でも、寄りたいところある」
「そうなんですか? ボクは構いませんよ」




