84話 摩天楼内の景色
景色がみるみるうちに下へと流れていき、その凄まじい高さを実感する。人影は小さくなり、今は点のように見えてしまうほどだ。
「とうちゃくいたしました」
格子扉が開き通路へ出ると、昇降機の扉が閉まり下に下りていった。
そこは木の床が続く通路で、筒で囲われた光晶石の光を、磨きぬかれた床が照り返していた。
それから、ぐるりと囲む通路には分岐があり、ホールの外側へと広がっているようだった。
ホールのほうにある天井を見ると、硝子に覆われた照明の輝きが目に入り、ミズキが見とれているとクーに連れて行かれてしまう。
狐っ子の案内で、先ほどの昇降機よりも外側にある、別の昇降機の前へとミズキたちは来ていた。
その昇降機はさらに上へと続いているようで、昇降機が下りてきているのがわかった。
そして格子扉が開けば、先ほどと同じように狐っ子が乗り込んでいた。
今度はおっとりとした感じの子で、藍色の袴を着ていることから男の子なのだろう。
「ど、どこに向かわれますか?」
「『花風流水』までおねがいします!」
一九九一がそう答えるも、了承した狐っ子は少しもたついてしまう。
「だいじょうぶですか?」
「ご、ごめんなさい……」
心配した一九九一が尋ねると、狐っ子はおろおろとし始め、泣きそうな顔になってしまう。
「新しい子かな? あわてないでゆっくりやってみて」
一九九一が狐っ子を落ち着かせ、ゆっくりとだが、結晶板を操作させれば昇降機はなんとか動きだした。
「よくできました」
一九九一が頭を撫でれば狐の男の子ははにかんだ。
「わたしもさいしょのころは大変だったから気にしないでね」
「うん……!」
「わたしもまだ半人前だから」
そんな微笑ましい光景とは別に、昇降機の外は別世界となっていた。辺りに広がるのは、紫光に照らされた静かな庭が囲む旅館だ。
庭には砂利でできた道と、その周りには切りそろえられた木々が見えていた。
それからも昇降機はさらに上がっていき、眼下に旅館が見えると共に、『森の都』の景色までもを見渡すことができるようになった。
「おお、すごいです! 建物の中に建物があります! いったいどうなってるんですか?」
「あちらに見えますのは『和気香風』の階層で、外の景色が見える理由はアルマさまが空間をゆがめて、光を透過しているからですね!」
「そんなこともできるんですか? すごいですね!」
「そうなんです、アルマさまはすごいんです!」
アルマという人物を褒められたことがよほど嬉しいのか、一九九一はぴょんこぴょんこと飛び跳ね喜んでいた。
「そんなすごい人っていったいどんな人なんでしょうね?」
「〈千里眼〉」
ミズキの疑問にクーがぼそりと呟いた。
「そうですね、〈千里眼〉と呼ぶ人たちもいますよ」
ミズキは不動産屋のリアルトが言っていたことを思い出した。『摩天楼』の頂上に住むと言われる者のことだ。
「お風呂が好きなんでしたっけ?」
「はい! それはもうたいそうお好きで、とてもお優しいかたなんですよ!」
一九九一が顔に両手を当て照れるように悶えていた。
「話に聞いたことしかないけれど『森の都』の上層を作った人だよ」
ファティマが言うとおり『森の都』の上層を整備し、利便性を劇的に向上させたと言われている人物だった。その手腕から影響力は計り知れない。
「はい! 正しくはアルマさまひきいる〈天眼〉のかたがたの功績ですね!」
話しているうちも昇降機は上がり続け、今は別の景色が眼下に現れていた。
そこは一面が水で覆われ、その中心にこじんまりとした建物があった。そして、さらに上がればその全景を見渡すことができた。
そうして変わっていく景色を何度か眺めると、昇降機がゆっくりと止まっていく。
「こ、ここが『花風流水』になります」
狐っ子が目的の階層に到着したことを、たどたどしくもミズキたちへと知らせた。
格子扉が開き一歩外に出ると、まずは水の風情を感じられる池が目に入る。
その先には庭園に囲まれた、白の壁と木の造りが美しい瓦屋根の旅館があった。
旅館の前にある池のほとりに、桃色に光る花を咲かせる木が見えていた。
その木はときおり花びらを散らし、小さく流れる川が落ちた花びらを静かに運んでいた。
「おお、すごいのです!」
ミズキは目を輝かせ辺りを見回している。そんなミズキを見たファティマの口元も緩んでいた。
「ほんとに綺麗だよね」
そう呟いたファティマの横では、無言のままにミズキを抱えていたクーが、僅かに笑みを浮かべていた。




