76話 氷の威力
クーが男に引きずられていった頃。再び『森の都』に戻ってきていたミズキはファティマと合流し、次に向かう迷宮について話し合っていた。
「リティス様が言うには氷属性の素材が必要らしいんです!」
「氷属性なんだ?」
ミズキの言葉に、ファティマはよくわからないといったふうに首を傾げていた。
「ボクもよくわからないんですけど、その素材があれば最高の魔法剣を作ってくれるらしいです!」
「とても魅力的だと思うけどほんとにいいのかな」
ファティマは申し訳なさそうに尋ねていた。
「構いませんよ、リティス様もノリノリでしたし!」
「なら、お願いしようかな。それで氷の素材だっけ」
「はい! 早速取りに行ってみますか?」
「そうしよっか。どこに行くかは決まってるの?」
ファティマの言葉にミズキははっとする。
「決めてませんでした。ファティマさんはどういったところがあるか知ってますか?」
「寒いところというと『大雪原』かな?」
「なるほど、そんなところがあるんですね。良かったら案内をお願いできますか?」
「探索の準備はいいの?」
「大丈夫です! 回復薬や食料もたくさん持ってますから!」
行き先も決まり、ファティマの案内によってミズキたちがポータルの中へと消えていった。
*
そこは白銀の世界だった。どこまでも続く雪景色は、吹きすさぶ風も相まって痛いほどに寒い。
なだらかに続く丘を、舞い上がった雪が通り過ぎていく。
まばらにある木々は凍りついているどころか、氷そのものだった。そんな木の存在する極寒の地にミズキたちはやってきていた。
風が強まってきたのか視界が白に覆われ始めてしまう。ミズキたちにもその厳冬を思わせる風が直撃していた。
「さ、寒いです……」
歯をカチカチ鳴らしながらうめいたのはミズキだ。寒そうに震わせている体には雪が張り付き降り積もっていた。
「雪原だからね」
そんなミズキの様子にファティマは仕方がないと言う。その姿は防寒具に包まれ暖かそうだった。
「こんなに寒いとは思いませんでした……」
「どうする? 一度帰る?」
「いえ! いけるところまで行ってみます!」
ミズキは積もる雪をかき分けながら進み始め、しばらく進むとミズキは違和感を感じる。
周りに広がる雪景色には魔物の影は見当たらない。あるものと言えば氷の木と、同じような氷の草くらいなものだった。
「どうしたの?」
ミズキが立ち止まったことをいぶかしんだファティマが問いかけていた。
「魔物が近くに居るんですけど、どこに居るかわからなくて」
「魔物の姿はどこにも見えないけど……」
気の所為ではないかと言われても違和感は消えない。
しかし、氷草が揺れる中それは現れた。ずんぐりとした白くて丸いフォルム。ふわふわな毛が愛らしいウサギだ。
「わぁ、ウサギさんです!」
しかし、普通のウサギとは違う部分があった。それは氷の耳だ。耳の位置にある氷が尖っている。
耳の先端の向きをこちらに変え、ある種の凶器を押し出すようにしてウサギが迫ってきた。
「え、え!?」
大きさそのものはミズキよりも小さい白ウサギが、雪をかき分けて迫る。
その氷刃の耳が迫り、慌てたミズキが長柄戦斧で迎えうつ。
交差した瞬間、かん高い音と共に白ウサギが吹っ飛ばされていた。その体が雪に埋まったがすぐに起き上がる。
ミズキは長柄戦斧を構え、様子をうかがっていると予想外のことが起きていた。『ばとるん二号改』の刃が大きく欠けていたのだ。
「え、なんで!?」
氷のような耳と打ち合っただけで刃が欠けるなど、微塵も思っていなかったミズキは驚愕に固まる。
「ミズキ、また来るよ!」
ファティマの警告に気がついたときには、氷のような耳が目の前に迫っていた。
かろうじて、長柄戦斧の平部分を割り込ませることに成功したが、氷の耳は長柄戦斧ごとミズキを貫いた。
「ぎゃあああああ! 刺さってます、刺さってますぅぅぅぅ!」
倒れ込んだミズキの上には、刺さったままの白ウサギが短い足をばたばたさせていた。
ファティマは駆けつけると白ウサギを蹴り飛ばし、ミズキの傷を癒していく。
「ありがとうございますファティマさん!」
「また来るよ!」
ファティマが警告すれば白ウサギが再び迫っていた。今度は耳を避け長柄戦斧を振るう。
刃が白ウサギの体を両断すれば、白ウサギは粒子となり散っていった。
「はぁ、はぁ……なんて危ないウサギさんなんですか……」
ミズキは落ちた素材を拾い鑑定する。
〈陽気なる鑑定〉
『氷耳兎の毛皮』
【もこもこ】
魔物は『氷耳兎』という名前だった。
「ミズキ、もしかしてだけど、炎属性の装備がないの……?」
「え……?」
炎属性の装備など持った記憶は一切ない。しかし、ファティマの口ぶりからは持っていなければいけないように聞こえる。
「あの、無いのですけど。駄目ですか……?」
ミズキがチラチラと上目遣いに問いかけると、ファティマは額に手を当て脱力してしまう。
「炎属性の装備もなしに氷属性の魔物を相手するのは無謀だよ……」
「そ、そうなんですか……!?」
炎属性の武器や魔法でなければ刃が立たないと説明され驚愕する。
氷といえば砕くのにそこまで苦労はしない、そんなイメージのミズキからすれば信じられない話だった。
「どうしよう……」
「装備が無いなら戻るしかないよ」
「なら――」
今すぐ戻ろうと言いかけた瞬間、またもや違和感がやってくる。どこにいるのかと辺りを見回せば、白いトナカイがこちらの様子をうかがっていた。
つぶらな瞳が可愛らしいトナカイであったが、例によって氷で出来た角は鋭く、刃物のようになっている。
トナカイは頭を下げ角を押し出すように突進してきた。
「ぎゃああああああ!?」
「逃げるよ!」
ファティマがミズキの腕を引いて走りだす。白トナカイはしつこく追いかけ続けてくるが、ミズキたちはひたすらに走り続ける。
どうにかポータルまでたどり着き、ミズキたちは中へと飛び込んだ。




