63話 帰ったミズキは……
「あ、時間制限があるって言い忘れていたわ」
光量の乏しい部屋にリティスのそんな声がした。部屋の天井からは丸い照明が吊り下がり、いろいろな色の光をぼんやりと放つ。
壁際にある本棚の下には雪崩を起こしたように本が散乱し、机の上も相変わらずの散らかりっぷりだ。
机の上にある小さな家の周りには、本がうず高く平積みされ今にも崩れそうな状態だった。ベッドの上でくつろぐリティスは本を読む手を止め。
「一度帰りたいみたいに言っていたし、まぁ大丈夫よね」
やっとの思いで帰ったミズキが聞いたら卒倒しそうな言葉を、その一言で済ましていた。すでに興味は失せたのか本を読む作業に戻ってしまう。
*
見慣れた室内にエアコンの小さな駆動音が聞こえていた。
ミズキの見慣れた白い壁や天井、箱庭とはまるで形の違う照明が元の世界だということを主張している。
ベッドの上ではミズキが喜びのあまりか、両手を握り締めうずくまっていた。
まず何をしようかと一喜一憂しながらベッドを降りたが、段差が妙に高く違和感を感じる。まさかと思いながら洗面所へ行き鏡を見上げた。
そこには栗色の跳ねっ毛と、大きく見開かれたヘーゼルカラーの瞳に、元気で活発そうな印象の少女の姿が映っていた。
「えええええええええええええええ!?」
驚愕するミズキの声が家中に響き、だぼだぼのシャツがずり落ちる。
「なんで女の子のままなの!?」
何度鏡を見直してもその事実は変わらない。鏡には可愛い少女が映るばかりだ。
てっきり元の体に戻ると思っていたミズキだったが、なぜ少女のままなのか。考えても答えは出てこない。
ショックのあまり、目には涙が滲んでしまっていた。溢れそうになる涙を腕で拭うと暑いこともあり、まずは部屋へと戻ることにする。
スマホで日時を確認すれば、ちょうどあの日寝たあとの日付だということがわかった。
無視できない事実があるものの、時間だけは正確に戻ることはできた。問題は、まず何が問題になっているのかを考えなければいけないことだ。
お盆休みを利用しての両親の墓参りはできそうもない。というよりもそれどころではなくなってしまっていた。
(こんな状態だし、父さんと母さんも許してくれるよね……?)
心中で謝り、次は何があるかを混乱する頭でなんとか考えていく。今はお盆休みが始まったばかりであと八日ある。しかし、あることを思い出すとはっとした。
「仕事はどうしよう!?」
休みが明ければ仕事が始まってしまう。しかし、こんな格好では仕事などできないのではないか。
その考えに至ったミズキは、申し訳なく思うも上司と連絡を取ることにする。
「あっ!」
焦りすぎたのか手にしたスマホを落としてしまう。急いで拾い上げ、震える手でロックを外すための番号を入力していく。
連絡用のリンカーアプリを起動して上司に向けて文字を打つが、手が小さすぎてひどく打ちづらかった。
時間が掛かったがなんとか入力し終わり送信する。いったいどうしたのかという返信がすぐにあった。
緊急事態で異世界に召喚されたら幼女になってしまって、なんとか戻ってきたら幼女のままだったと伝えていく。
冷静に考えるとひどすぎる文章だが事実なのだから仕方ない。
内容のためか、上司からの返信が二分ほど途切れた。凄まじく気まずい沈黙がいたたまれなかったがどうしようもない。
そして返信にはこう書かれていた。
『大丈夫?』
(何に対しての心配なのかな!? 頭かな!?)
しかし、普通に考えたらいろいろと心配されるというのも当たり前だろう。
休日に変な連絡が飛んできたというのに怒らないのだから、普段の人柄の良さが滲み出ている。
などとミズキが未だ混乱する頭で考えてしまっていたが、四苦八苦しながらも説明を続けていく。
どうにかこうにかして電話するところまでこぎつけることに成功し、電話を掛けるとワンコールで繋がった。
「部長、大変なんです! ほんとに幼女になってしま――」
ぶつりと電話が切れてしまった。どうして切られてしまったのか考えていると、リンカーアプリのほうでメッセージを受信していた。
いきなり女の子の声がして、驚いて切ってしまったらしい。とにかく後日に一度会うことになり、場所と時刻を決めていった。
緊急連絡を終えて一息つくが、またもや問題が浮上する。
「服がないよ!」
今着ているものは、以前ミズキが着ていた成人用のシャツだ。小さい体には大きすぎ、片方の肩に引っかかっているような状態だった。
こんな格好では外に出られない。約束の期日まで時間がないため急いでなんとかしなければならないが。
(ど、どうしよう!?)
服が無いのなら買いに行けばいいのだが、その出かける服が無い。
服を織り込んでみたり、絞ってみたりしたがどうにもならない。上側だけならかろうじて着られるのだ。しかし、ズボンはどうしようもなかった。
この小さい体に合うズボンなど無く、ましてやスカートなどあるはずもない。なぜ我が家には子供用のスカートが無いのか。
「あったらあったで問題だよッ!」
自身の訳のわからない思考に突っ込み、床に両手を突き肩で息をする。どうしたものかと途方に暮れたのもつかの間。解決策を思いついた。
そう、ママゾンだ。通販なら出かける必要もなく買い物をすることができる。文明の利器に感動しつつ注文をしていった。
子供用の服など買ったことがなく、サイズがわからなかったので三着ほど購入していく。配達日は当日に届くようにしておいた。
これで衣服の心配はなくなりほっとする。ほかは無いだろうかと思案しているとお腹がくぅと鳴った。
(何か作って食べよう……)
しかし、台所に向かったはいいが台が高すぎた。目線と台の高さが同じくらいで料理は断念せざるを得なく、諦めてカップメンを物色し始める。
それからは特にやることを思いつくことなく、ごろごろしたり、趣味で集めた小物や写真を保管してある部屋で、ぼーっとするなどして過ごしていた。
そうしていると呼び鈴が鳴る。
「うぇ!? もう届いたの?」
流石ママゾン、早い。お盆休みだというのに、こんなに早く届けてくれたことにミズキは感謝してもし足りないと思った。
それから心の中で思いつく限りの感謝の言葉を浮かべる。そしてだぼだぼのシャツ一枚のミズキが対応し、配達してくれた人に満面の笑みで礼を言った。
受け渡しを終えた配達員が首を傾げて去っていったがミズキは気づかない。
何はともあれ、受け取った荷物を開封してサイズを確認したら特に問題はなく、ようやく落ち着いた気がした。




