64話 苦難が続く?
後日。ミズキがベッドの上でスマホの時刻を確認すると、待ち合わせまでの時間が残り少なかった。
「なんでええええええ!?」
ミズキは気づかなかったが、箱庭とこちらの世界での一日の長さが違うため、寝過ごしてしまっていた。
寝坊してしまったミズキは慌てふためき、急いで服を着替えていく。待ち合わせ場所に向かうため、自転車に乗って駅まで行こうとしたのだが。
「あ、足が届かない……」
想定外であった。しかし、このままでは遅れてしまう。
貴重な時間を使い会ってくれるというのに、自分が遅刻したのでは合わせる顔がない。ならば答えはひとつだった。
ミズキは走った。人生で数えるほどしかない、疑う余地なき全力で。夏の日差しが照りつける中を死に物狂いで走った。
「ぜぇ、ぜぇ……」
駅にたどり着いたときには息も絶え絶えで、呼吸するたびにひゅーひゅー音が鳴っていた。
周りに心配する人たちの視線があったがそれどころではなく、改札の中へとふらふらと向かう。
苦労の甲斐あってか、ミズキはなんとか電車に乗り込むことができた。逆方向であったが。
*
結局、待ち合わせ時間に遅刻してしまったミズキは、ファミリーレストランのひとつであるグストヴァの前でうなだれていた。
言い訳のしようもなく、どうしたものかと立ち往生する。入らなければならないのは理解しているのだが、短い足は一向に前に進もうとはしてくれない。
悩んでいると頭の辺りに後ろからぶつかられてしまう。その相手は時計を見て歩いていた女性だった。
「あ、ごめんなさい。大丈夫?」
「ボクは大丈夫――」
振り向いたミズキは固まってしまう。
心配そうに覗き込む女性は白いフリルシャツに紺のスカートという格好で、少し眠そうな目つきをしているがこれが標準なのだろう。
ミズキが固まった理由はこの女性が件の上司だからだ。
「部長?」
「え……?」
*
相手も遅刻してしまっていたのかと思ったが、そういえば休日だということで時間は別に厳格ではないと言っていたことをミズキは思い出す。
今はグストヴァの中にある席に座り、部長と対面していた。
「瑞樹、君でいいのかな」
「や、やっぱりそうは見えないですよね……?」
「そうだね。まだ何かのイタズラなんじゃないかと疑ってしまうよ」
女性の言うことももっともで、性質の悪いイタズラとしか思えないだろう。どうすれば信用してもらえるのか。考えた末に出た方法は。
「何か質問してみてくれませんか……?」
本人しか知りえないことを知っていれば、証明ができるかもしれないというものだった。
「質問……そうね。瑞樹君が初めて会社の飲み会に行ったときのことは覚えてる?」
「ボクが酔っ払っちゃって大惨事になったあれですね……できれば記憶から消し去りたいものです……」
「ああ、あのときはすまなかったね」
「いえ! 部長は悪くないですよ! ボクが部長の飲んでるお酒に興味が出てしまった所為、ですから……」
申し訳なさそうな部長にミズキは慌てて訂正する。そして自分の醜態を思い出すと、あまりの恥ずかしさに顔を赤くしてうつむいた。
「あれは事故みたいなものだったからあまり気にしないほうがいいよ」
「ありがとうございます……」
「大体信用できそうなのだけれど、ほかには何か無いかな」
部長は腕を組み考え。
「ああ、そうだ。私の好きなものとかはどうだろう」
「それなら簡単ですよ! 部長は飼ってるコツメカワウソが大好きですからね! あの子のためなら死ねる! が口癖ですよね?」
「正解だね。ということはやっぱり瑞樹君なんだ? どことなく雰囲気も似ているし」
部長が苦笑しながら微笑んだ。ミズキはやっと自分だと認めてもらえ、嬉しくなると共に胸を撫で下ろす思いだった。
「これまた随分と可愛くなっちゃったよね」
「やっぱり変ですよね……」
「可愛くていいんじゃないかな」
そう言う女性の顔は完全に子供を見守る大人のものだった。可愛いものを無条件で保護したくなるそれ。
しかし、基本的に無表情なためかミズキがその視線に気づくことはなかった。
「お腹空いてない? 何か注文しようか」
「そうですね、そうしましょう」
呼び鈴を押せばほどなくして店員がやってきた。
「私は和膳をお願いします。」
そういえば和食をしばらく食べていない。そのことを思い出しミズキも同じものを注文しようとしたが。
「この子にはお子様ランチを」
えっ、と思ったのもつかの間で、店員が了承するとすぐさま戻ってしまった。料理が運ばれ、旗つきのお子様プレートがミズキの前へと置かれる。
ミズキはまたの機会に食べればいいかと諦め、子供用のスプーンでお子様ランチを食べていった。
妙に使い勝手のいいスプーンだったが深く考えないことにする。
それからはなぜこうなったかを、食事しながらに話していった。
「もうほんとに大変だったんですよ!」
憤慨するミズキの口元にはケチャップが付いているが、気づかず話し続けていた。
「帰って来れるかどうかも全然わからなくて、不安でたまらなかったんです。でもジャラックさんっていう親切なジャックオーランタンみたいな人が助けてくれたんです!」
部長は相槌を打ちながらミズキの話を聞いている。そんなこともあるものなのかと思いながら、生き生きと話すミズキを微笑ましく見つめていた。
「それで死んじゃうと光に包まれて消えてしま――」
ミズキの体が光に包まれるとその姿が消失してしまう。
取り残された部長は急な出来事に反応することができなかったが。
「ふむ」
そう一言だけ呟いた。




