65話 戻ってきた原因は
魔女エマヴィス・リティスの領域。暗い部屋の中にある机の上に、転送されたミズキの茫然自失とした姿があった。
目に入るものは見知った明かりや山積みの巨大な本だ。そのほかにはこれまた巨大な瓶がところ狭しと置かれている。
あれだけ苦労して帰って、なぜか体はそのままで、それでもどうにかしようと頑張っていた矢先の出来事だった。
「なんで……?」
なぜ、戻ってきてしまったのか。何も考えることができない。目尻に涙を浮かべるミズキへとリティスの声が掛けられた。
「おかえりミズキちゃん!」
「おかえり……?」
あたかも帰ってくることを知っていたかのような口ぶりだった。
「なんで戻ってきちゃったんです……?」
「それはね、時間制限があることを言い忘れちゃって」
そんな重要なことは忘れないでほしいとミズキは思ったが、この魔女には何を言っても無駄な気がしてしまう。
それにまだ言い忘れたことを言っただけで、根本的な原因を聞いていない。けれど、すでに嫌な予感がしていた。
リティスのことだ。ミズキの知らないところで致命的なことが起こっているに違いない。聞くのが怖いが、聞かなければならない。
「あの、戻ってきてしまった原因はなんなんです……?」
「それはね」
説明されたのは魂を繋ぐ糸についてのことだった。糸は信じられないくらいに頑丈で、どんなに切ろうとしても切れないらしい。
ミズキの魂を元の世界に送り返した際に糸が伸びたとのことだ。次元の距離が遠く、伸びきった糸がその凄まじい張力で引き戻したということだった。
伸びたゴムよろしく、勢い良く戻ったとリティスがにこやかに話していた。
「じゃあ、元の世界には帰れないんですか……?」
ミズキは目に涙をたたえ問いかける。ミズキは悲嘆に暮れ、目に涙をたたえて訴えかける様子に流石のリティスも焦り慌てだした。
「だ、大丈夫よ! 私が責任を持って帰る方法を探すから安心しなさい!」
「ぐすっ、ほんとですか……?」
「私を誰だと思っているのよ、私に不可能はないわ! ……タブン」
「わかりましたリティス様……ボク、待ちますね……!」
リティスの言葉にミズキはなんとか立ち直り、涙目ながらも微笑んだ。最後に小さく呟かれた不穏な言葉は聞こえていないようだった。
「それにほら、戻って来てしまうとはいっても、時の素材があれば向こうには送り返せる訳なんだし、こっちの生活を楽しんじゃってもいいんじゃないかしら?」
「そ、それもそうですね! またジャラックさんと一緒に探索できますし悪いことばかりじゃないですよね!」
ミズキの前向きな言葉にリティスは笑顔のまま、ミズキの見えない位置で手を握り締める。
さしずめ、「ちょろくて助かったわ」などといった思いが透けてくるようであった。
しかしそんな腹黒い考えに気づくこともなく、ミズキは無邪気に笑っている。同じくリティスも笑っていた。
「あ、そういえば新しい自壊の腕輪改め、自壊の首輪を作ったわ!」
そう言って手渡されたのはチョーカーだった。
「首輪ですか……?」
「腕だと千切れ飛んだりしたときに使えないと思ったのよ。その点首なら完璧だわ! もげた時点で転送される安心設計ね」
「……ありがとうございます」
*
気を取り直したミズキは『森の都』へと来ていた。朱色の迷宮と言っても過言ではない街並みが紫光に照らされている。
目に映る異世界の街はどこを見ても建物が続いている。上を見れば空が小さく、下を見れば建物の壁が途切れることはない。
統一性も無く、でたらめに建物同士を繋げる通路がそこかしこに存在する、文字通り迷路のような街だ。
巨大な円柱状の『森の都』。その北部にある自分の家にミズキは転送されていた。
「暑いです!」
白い服を着るミズキが叫んだ。それもそのはず。『変転せし六光』は青いままだからだ。
どのような原理かはわからないがとにかく暑く、ミズキの額からは汗が噴き出ていた。
あまりの暑さだったが、箱庭に来た目的をミズキは思い出す。風の導き石を取り出し、ジャラックへと向かう道筋を教えてくれるよう念じる。
すると一陣の風が吹き、頭の中に景色が流れ込んでくる。しかし、ポータルを通り過ぎ、街の外の景色が流れたところで途切れてしまった。
「あれ? おかしいな……」
何度か試したが結果は同じだった。どうやら街の中までしか効果が及ばないようだと判断して諦める。
庭の木にじょうろで水をやりながら、どうしようかとぼんやり考えるがいい案は浮かばない。
巨木の枝には相変わらず鐘が付いている。水を注がれたためかどことなく嬉しそうにしていた。
『鐘の鳴る木』へと水やりをしていると、どこからともなく眩しい光がやってきた。
「わ、眩しい!」
ミズキの目の前へとやってきた青い光は、ミズキの体へと吸い込まれていく。
「あれ、前にもこんなことがあったような……」
青い光を思い浮かべると体からぽこんと出てきた。
〈陽気なる鑑定〉
『自在砲剣の魂』
【過剰に充填してる】
「『自在砲剣の魂』? よくわからないや」
しかし、なぜ今になって飛んできたのかもわからなかった。考えても仕方がないことは保留にし、リアルトの書き置きのことを思い出す。
住宅設備が必要になったら一度来てほしいというものだ。いつ元の世界に戻れるかわからず、家の快適性は必要なことからも早速向かうことにする。
風の導き石に願えば風が吹き、問題なくリアルトの店までの道順が頭の中へ流れ込んできた。
*
「ごめんくださ~い」
中層にある不動産屋にミズキはやってきていた。
「いらっしゃいませ。おや、ミズキさんじゃないですか」
ミズキを迎え入れたのは、黄色の結晶板を操作していたリアルトだった。結晶板を脇に置きミズキへと向き直る。
「こちらにいらしたということは設備についてですね?」
「そうなんです! もう暑くて暑くて我慢できないんです」
「青の月になってしまいましたからね。一度伺ったのですがどうやら留守のようでしたので。何回か伺いに行こうとは思っていたのですが、急に忙しくなってしまいまして、申し訳ありませんでした」
リアルトは頭を下げて謝罪したがミズキは手を振って止める。
「リアルトさんは悪くないですよ。それにあの鐘の所為でいろいろ置けなかったんですよね?」
「ええそうなんです! 『鐘の鳴る木』がなぜか静かになったことはご存知ですよね?」
「ボクの家の庭にありますからね!」
「実はですね、そのおかげであの一帯の地価が急騰したんですよ」
聞けばあの辺りの物件の値段が二百倍以上に跳ね上がったのだそうだ。今も高騰を続けているとリアルトは嬉しそうに話した。
「二百倍ってすごいですね……」
ミズキの買った家が十二万シリーグほどだったが、今買うとなると二四○○万シリーグになるというのだ。
しかもまだ上がっているという。あまりの差に想像できないほどだ。
「ああ、失礼。設備の話でしたね。今から設置しに行きますか?」
「お願いします」
二人は『列車』に乗ってミズキの家へと向かう。室内に入ると、リアルトは魔法箱からいろいろなものを取り出し次々と設置していった。
そのひとつである空調設備の説明を受け、スイッチを入れれば涼しい風が吹き始める。
次に外からの熱を遮断する結界を起動させれば、家の中は別世界となった。
「涼しいです~……」
やっと涼しくなりくつろぐミズキに、リアルトが設備の説明が書かれた仕様書を手渡していた。
「ほかのものについてはその説明書に記してありますのでお読みください」
「ありがとうございます!」
リアルトが去って行ったあと、もう一度風の導き石でジャラックを探すが結果は同じであった。
家も快適になりどうするか考えたが、結局一人で探索に向かうことにする。
必要のない素材が出ればジャラックへと譲るか、交換してもらうなりすればいいという判断だった。




