↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
6/10

第6話 京

 天正三(1575)年、六月。


「兄上」

「なんだ」

「京も伊勢も、まこと面白いところでした」

「そうか」

「…………」


 家久は隣を歩く歳久の横顔を見た。


「兄上」

「なんだ」

「聞いておりますか」

「聞いておる」

「では、もう少し興味を持ってください」


 歳久は足を止めた。


「又七郎。お主は先に京に来ておったが、儂は先日着いたばかりなのだぞ」


 通りには人が溢れていた。

 商人、職人、僧侶、武士。

 荷を担ぐ男が声を上げ、その横を牛車がゆっくりと進んでいく。


 薩摩とはまるで違った。

 言葉も、着る物も、売っている物も違う。


 家久は京を堪能したようだ。さらには伊勢から大和を回り、昨日京へと戻って来た。明日には薩摩へと戻る。


 歳久はため息をついた。


「面白いと思うておるぞ」

「とてもそうは見えませぬ」

「遊びではないからな」


 歳久が来たのは当然、情報収集のため。それと、できれば織田との繋がりを作りたいからだった。


「遊びではなかったのですか……」

「遊んでおったのか?」

「そんなことはありません!」


 家久は少し慌てた。

 その顔を見て、歳久がわずかに笑う。


「それで、今日はどこへ行きたい」

「昨日の店へまた行きましょう」

「断る」

「あの酒は美味かったでしょう?」

「旨い。だが高い」

「京まで来て銭を惜しんでどうするのです」

「高いと心ゆくまで飲めんのだ」

「兄上は飲み過ぎなのですよ……」


 歳久は返事をせず歩き出した。


「兄上!」


 家久が慌てて追いかけてくる。


 その足音を聞いて歳久はふっと笑った。

 家久は兄二人とは違い、母違いの弟だ。以前は思うところもあったが、義久に嗜められて以後は考えを改めた。


「兄上! 待ってください!」


 そう家久が言った瞬間。歳久が止まり、慌てて家久も止まる。


「兄上?」

 

 その問いかけには答えず、商人たちの会話に耳を立てた。


「――武田が大敗したそうだ」


 二人は顔を見合わせた。


「長篠ですな」

「ああ。伝わるのは早いものだ」


 すでに京では、その話でもちきりだった。


 五月二十一日。


 三河国長篠。


 織田信長と徳川家康の連合軍が、武田勝頼率いる軍勢を破ったという。


 武田といえば、遠く薩摩にまでその名が聞こえる強兵である。


 それが大敗した。


 歳久は再び歩き出した。

 家久が横に並ぶ。


「種子島……すさまじい数の鉄砲だったそうですな」


 歩きながら家久が言った。


「儂は千や二千と聞いた」

「五千とも聞きました」

「全く違うではないか」

「噂とは当てにならぬものですから」

「では間を取って三千としよう」

「それでいいのですか?」


 家久が笑った。


「しかし三千であれば……」


 家久は指を折るような仕草をした。


「一斉に撃てば、どれほどの者が死ぬのでしょうな」


 歳久は答えなかった。


「兄上?」

「多くが死ぬだろうな。それだけあれば如何に当たらぬ武器でも関係がない。だがそれよりもだ」

「はい?」

「三千丁揃えるのにどれほど金がかかる」


 突然の問いに家久が瞬きをする。


「そうですな……」

「他にも弾、火薬も必要だ」

「確かに。ですが我々にも千や二千はありましょう」

「かき集めれば、あるやもしれんな」


 家久が眉を寄せた。


「何をおっしゃりたいのです?」

「儂は三千丁そのものよりも、戦場一つに三千丁を集め、運ぶことが出来るほうが恐ろしい」

「ですが、三千はあくまで噂で……」

「五千であっても、京の者たちは織田殿であれば不思議とも思わぬ」


 歳久は立ち止まった。


「それだけの力があるのだ」


 家久も黙った。

 やがて二人は無言で歩き出す。


 角へと差し掛かったとき、家久が口を開いた。


「兄上なら、どう戦います」

「何がだ」

「織田殿とです」


 歳久が家久を見る。


「鉄砲を三千、五千と並べて待っておる相手に、兄上ならどう戦われます」

「戦わぬ」

「…………」


 家久が立ち止まった。


「戦わぬのですか?」

「お主は戦いたいか?」

「はい!」

「嬉しそうに言うな」

「ですが、戦わねばならぬ時もありましょう」


 歳久の足がわずかに緩んだ。


「…………」

「こちらが戦いたくなくとも、向こうが攻めてくることもある」


 歳久は弟を見る。

 家久は先ほどまでとは違い、真剣な顔をしていた。


「その時は、どうします」


 今度は歳久が黙る番だった。

 しばらく歩いた。

 人々の声が行き交う。

 遠くで寺の鐘が鳴った。


「鉄砲の前に立つことだけが戦ではなかろう」


 やがて歳久が言った。

 家久は不思議そうに兄を見ていた。


 歳久は京の町を見渡した。


 これほど多くの人間がいる。

 これほど多くの物がある。

 これほど多くの銭が動いている。


 薩摩では見たことのないものばかりだった。


 初陣の時。あの時は、ほんの数挺だった。

 その轟音に、人が怯んだ。


 それから二十年余り。

 今や、何千という鉄砲を戦場へ持ち込んだという男がいる。


 ——それが天下人と呼ぶべき力なのかも知れぬ。


「又七郎」

「はい」

「薩摩は遠いな」


 家久が首を傾げる。


「ここまで来るのに随分とかかりましたからな」

「そういう意味ではない」

「では、どういう――」

「腹が減った」

「兄上!」

「昨日の店へ行くぞ」

「高いのではなかったのですか」

「又七郎が払え」

「なぜ俺が!」


 歳久は答えず歩いていく。

 家久がその背中を追った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。