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スプーンの上のふんわりとした氷は、口に入れるとすぐに溶けて、甘みと苺のちょうどいい酸味が広がった。
もやもやしていた頭の中が、少しすっきりとする。
「あーおいし」
「ね。実質的に水なのにこの値段は、って思うけど、食べると納得」
「並んだ甲斐あったね」
「ね」
私に同意するのは、奥原穂波。
中学時代からの友達。
穂波も関東圏在住だから、違う大学に通う今も時々会っている。
穂波はどこに行くにも半分部屋着のような服装でほぼスッピンみたいな化粧しかしないけど、ずっとこうだから、一緒に行動するのももはや何も気にならない。
今日は穂波と2人で超人気のかき氷店に来ていて、暑い中しばらく並んでようやくお目当てのかき氷にありつけたところだ。
店内は同い年くらいの女子が大半で、数組カップルがいるくらい。
「いやー、久しぶりに遠出したわ」
穂波は鮮やかな黄色のマンゴーたっぷりのかき氷をざくざく食べながら言った。
「遠出って。全然都内じゃんここ」
私のツッコミに、穂波は大真面目な顔をする。
「私にとっては遠出だって。毎日暑すぎて外出る気にならん」
「まあ、確かにねー」
「つばさも引きこもってんじゃないの? 夏休み」
「え?」
「だって」と穂波は眉をひそめ、声を落とす。
「別れたんでしょ、カレと」
私は黙ってもう一口かき氷を食べた。
穂波には樹に振られたあとすぐに電話して、私のしつこい愚痴を親身になって聞いてもらった。
中学時代からその構図は変わっていない。
「つばさって引きずるし、愚痴ならまた聞くよ? 遠慮せず」
まあ確かに私はかなり引きずるタイプだって自覚はある。
でも今は、そういうわけじゃない。
「……ありがと」
私を見て、穂波はますます難しい表情になる。
「え、マジで元気ないじゃん。そんなに重症?」
正直いえば、ここ最近、樹のことはほとんど考えていなかったし、あいつの顔を浮かべたところで感情の波立ちも今はほとんどなくなっていた。
事の始まりは樹だったのに。
昨夜唐突に打ち切ってしまった町田くんとのやり取りのことばかり考えていた。
何に悩んでいるのかわからないけれど、少しながらすっきりしたはずの頭は、またどんよりと重たくなってくる。
穂波が心配そうに私を見ていた。
ここまでの話を打ち明けようかと、口が開きかける。
でも冷静に、客観的に見て、私のやっていることはおかしい。
この親友には軽蔑されるか引かれてしまうかもしれないしそれは嫌だ。
大きな溜息が出た。
店員さんがやってきて、空になったかき氷の皿を下げていく。
店は混んでいるし、きっとまだたくさん並んでいるのだろう。長居すると迷惑だ。
話は半端なまま、私と穂波は外に出た。
日差しが暴力的なまでにぎらぎらとしていて、とてもじゃないけどのんびり歩きたいような環境じゃない。
私達は空調の効いたファッションビルへ。
入ってすぐに安めのアクセサリー売り場があって、穂波が見たいと言うから付き添った。
リーズナブルなお店だからか、お客さんには中学生か高校生くらいの年下っぽい子達が多い。
「お、これかわいー安い」
穂波は商品のピアスを手に取った。
あっさりめの顔立ちの穂波には、今手にしているものよりも、個性的なデザインの方が似合うと思う。
穂波は自分の「好き」をしっかり持っているやつだから、言わないけど。
「つばさはこれとかどう?」
穂波が可愛らしいリボンのデザインのピアスを指差す。
「んー私、こういうプチプラはちょっと。ほら、素材も安っぽいし」
「ぱっと見可愛けりゃいいじゃん、見栄っ張りなんだからー」
たぶん穂波は何の気なしに言ったんだと思う。
でもそれが嫌な刺さり方をした。
「見栄っ張りじゃだめ?」
私の言葉に穂波は目を瞬いた。
「安物じゃなくてさ、みんなが羨ましいって思うもの持ちたいじゃん。だめ?」
「いや、いいんじゃない? それも一つの価値観」
穂波は商品のピアスを陳列棚に掛け直した。
「でもつばさって、そういうとこ、中学からあんま変わってないね」
「どういう意味」
小柄な穂波は私を見上げた。
「見栄えが良ければ全部うまくいくって思ってそうなとこ」
「……だって、そうだったから。穂波知ってるでしょ」
いつか学校の教室にいた時の、苦くて酸っぱくて胸焼けするような感覚が蘇る。
「可愛くなったらみんな態度変えるじゃない」
見向きもされなかった中学時代だったけど、少し痩せたらみんなの私を見る目が変わって、身だしなみに力を入れれば、自然と人の輪に受け入れてもらえた。かっこいい彼氏を作れば、お似合いだ、と羨ましそうな視線を向けられた。
だから努力して自分を磨いて、持ち物も周囲の人も一軍で揃えて、みんなにいいなって思ってもらえたら、好きになってもらえたら、何でもない自分を、自分も好きになれる。
「確かにそうだったかもね、あの頃はね」
と穂波はうんうんと頷く。
「つばさがきらきら女子軍に仲間入りした時は寂しかったなあ。別世界に行っちゃったみたいで」
「……それは大袈裟」
ほんとほんと、と笑っているが、穂波にそんなことを言われるとむずむずしてくる。
「でも私がつばさといるのは、美人だからってわけじゃないからね。なんなら比較されて卑屈になるときもよくあるんで」
おどけた調子で穂波は言ったけど、穂波はどこにいたって自分の軸がぶれないで、人からの評価に心を揺らさない。
そんな穂波と近しい友達でいるっていうことが、私には密やかな自慢でもあった。
私は穂波が羨ましい。そういう気持ちがある。
──なんで。
結局見せかけだけ良くしてもだめなんだって、心のどこかでは思っている。
でも今さら認められない。認めたくない。
「私は、自分のやり方が間違ってたって、思わない」
「間違ってたなんて言ってないけどね」
穂波は困ったように笑った。
「だから、いいんじゃない? 間違ってないってつばさが思ってるならそれで」
「……」
「これ買ってくるね」
穂波は小さな買い物かごを手に、レジへと向かう。
投げやりな言い方じゃなくて、穂波は私のやり方を尊重してくれる。善悪の判断はしなくて、ただ否定しない。
そう。いいんだこれで。
私は私の価値観を信じていく。
そうするなら、もともとニ軍──いや三軍だった町田くんのことを好きになるとか、やっぱりありえない。
そうやって、人を格付けするような、同じ価値観の人となら私はきっと、うまくいく。
✱✱✱✱✱
〈秋用の上着を買いたいんだけど、岡崎さんに選ぶの手伝ってほしくて。大学始まる前に、買い物行けますか〉
町田くんからそんなメッセージが来たのは、その日の夜のことだった。




