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穂波とだらだらとして、アパートに帰って、簡単な自炊をして、いつものお風呂からのルーティンをこなしていた時。
メッセージの受信を知らせる通知音がした。
歯を磨きながら片手でスマホを確認。
……町田くんだ。
慌てて口をゆすいでベッドに戻り、アプリを開いた。
そこには、
『秋用の上着を買いたいんだけど、岡崎さんに選ぶの手伝ってほしくて。大学始まる前に、買い物行けますか』
とのメッセージがあった。
え、今から秋用って早くない? 確かにお店にはもう出てるけど、まだあと一ヶ月は暑いでしょ。
それに、大学始まる前に買いに行く必要もなくない? 別に夏休み明けで全然……
“それまでもう、出かけたりはしないってこと?”
自信がなさそうで、それでいて、ほんの少しだけ距離を縮めてくるような町田くんの声を思い出す。
私が夏休み明けまで会わないって言ったから?
私は画面の文字を見つめていた。
昨日私は、突き放すように電話を切り上げたのに、そんな私と本当に出かけたいのか謎だ。
それとも単に私の自意識過剰で、町田くんは本当に買い物のアドバイスが欲しいだけ?
でもあの町田くんが、どういうつもりにせよ、こんな内容をさらりと送ってくるとは思えない。悩んで、迷って、やっとの気持ちで送ったのかもしれない。
そんな想像をしてしまうと、無碍に断る事のも憚られる。
町田くんは困っていた私に協力してくれたんだから、町田くんが手を貸してほしいと言うのならそれに応えるべきだと考える。
つまりこれは、義理だ。
自分自身を説得する理屈はいくつも浮かんできた。
それじゃあどこに行こう。どんな上着が似合うだろう。
頭は勝手に働き始めていて、私の指は、
『了解です。それじゃあ明後日の午後はどう?』
とメッセージを返す。
明日実家からこっちに戻ってくるって言ってたけど、明後日は少し急だったかな、と少し不安になった数分後、
『お願いします』
町田くんから返事が来た。
✱✱✱✱✱
待ち合わせの場所も時間も決めた前日の昼。
美容院の帰りに一人でカフェに寄る。
メンズの秋服の着こなしをSNSで眺めていると、また町田くんからのメッセージが来た。
ちょっと間を空けてから既読をつけようと無駄に時間を取り、アイスティーを半分ほど飲んでからメッセージアプリを開いた。
「──えっ」
静かなカフェなのに大きめの声が漏れた。
慌てて辺りを見回し、肩を狭めた。
『昨日実家から戻ってから体調悪くて、熱が出て下がらなくて。せっかく都合つけてくれたのに申し訳ないけど、明日は無理そうです。ごめん。』
もう一度読み返す。
『大丈夫? 熱高いの?』
『薬でだいぶ下がってる。こっちから誘ったのに、本当にごめん』
『それは平気だけど、ご飯とか食べれてる?』
返事が来るまでに数分かかった。
『大丈夫です。とりあえず2、3日は安静にしてます』
大丈夫そうじゃないな、と思った。
一人でじっと寝込んでいる町田くんが容易に想像できた。
お見舞いに来る友達がいなそうとかそういうことじゃなくて、あまり人を頼らなそうな感じ。
ふと、樹がインフルエンザでしばらく寝込んだ時のことを思い出した。
町田くんちの食料事情は知らないけど、大学生でそんなに充実したストックをしている可能性は低い。
『差し入れとか行こうか? 家教えてくれたら、ドアの前に置いておくとかできるけど』
送信完了してから、はっとした。
家に行きたいみたいな感じになっちゃったけどこれ、大丈夫? 別に本当にシンプルに心配なだけなんだけど。
取り消そうと思ったらその前に既読がついてしまった。今さら取り消すのも、変だ。
そしてしばらく返信が来ない。妙に焦れた気持ちで待っていた。
『そこまでしてもらわなくて大丈夫です。ありがとう。』
やがて届いたそのメッセージを見て、かくんと肩の力が抜けた。
そりゃあそうだよね。私でもそう返すわ。
先走ったような自分の発言を後悔しつつ、返す文面を考える。
──変なこと言ってごめん。お大事に。やっぱり次は大学でだね。買い物はまた今度。
途中まで打って止まった。
消して、打ち直す。
『今電話して平気? しんどそうならいいけど』
『大丈夫です。』と少し経ってから町田くんから来た。
貴重品とスマホだけを持って席を立ち、暑い店の外へ。
店横の日陰に隠れて町田くんに電話をかけた。
〈は、はい……もしもし〉
町田くんはすぐに出てくれた。
本当に酷い掠れ声だし、何だか怯えているように聞こえた。
「あ、ごめんね電話とかして、調子悪いのに」
〈え? いや、こっちこそ、ごめん明日、本当に……〉
「そんな謝らなくていいよ。長引いちゃったら困るし、安静にね」
電話の向こうがしんとした。
「町田くん?」
〈……なんで、電話にしたの?〉
「え?」
〈いや……〉
咳き込んでから、町田くんは言いにくそうに続ける。
〈もしかして、怒られるのかもって思ってた。せっかく岡崎さんの予定、空けてもらったのに〉
町田くんが何となく怯えていたのはそれが理由らしい。
確かに、自分を蔑ろにされたみたいで、私はドタキャンされるのが大嫌いだ。何なら、体調不良とか嘘じゃないかと疑ったりすらする。
でも今はそんなことは思わなかった。
「……怒んないよ」
じゃあ何で私は町田くんに電話しようと思ったんだろう。
カフェの店周りに整備された花壇の花は、暑さで色褪せて見えた。
〈俺、明日、楽しみにしてた……〉
萎びた植物を眺めていたら、思わぬ言葉に唾を飲み込んだ。今の音が電話の向こうに聞こえなかった心配になる。
「あ。あーそうだよね。秋服って選ぶの楽しいもんね」
〈いや、その……あ、うん、そうだね……〉
「……」
町田くんの声は尻すぼみになって、でもその理由に頭を巡らせないことにする。
「ごめんね、大した用事ないのに電話して」
〈え、いや……〉
「じゃあお大事に。何か困ったことがあったら連絡してよ」
〈うん、ありがとう〉
電話はそれで終わった。一昨日よりもよっぽどましな区切り方だった。
でもなんか、不完全燃焼感。
トークの履歴を眺め、暑いから店内に戻ろうと顔を上げた。
「──おねえさん」
近くで掛けられた声の方を見ると、知らない男の人がいた。スマホを片手に微笑んでいる。
「あの、おねえさんひとりですか? めっちゃタイプなんですけど、よかったら連絡先とか」
年は同じか少し上に見える。見知らぬ異性に声をかけるくらいには、自信がありそうな見た目。
慣れているのか、態度も落ち着いている。
「あー……どうも」
外見を評価されている。それは私の望むところで、そのために努力をしている。
けれども。
「でも、すみません、今は、大丈夫です」
答えてさっさと店の中に戻った。
氷がほとんど溶けて薄まったアイスティーのストローをくわえる。
見た目が良くたって、ナンパ男のような素性の知れない相手はお断りだ。
でも、外見を見てるんだから、私と価値観は近しいってこと?
いやいや、軽い男はやっぱりだめでしょ。
でも、じゃあ私が望む相手って結局、どんな人だっていうの。
美容院帰りの手触りのいい毛先を指で触っても、いつもみたいに気分は上がらない。
ここ最近二転三転する感情に、私自身がついていけないでいた。




