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先月末にバイト代も入ったし、この間自分で靴を買い替えた町田くんの、今度は鞄を見繕ってあげようと思っていた。
傍目から見ると貢いでいる女みたいだけど、これは投資なんだと自分に再認識させる。
そりゃあ似合ったら嬉しいし、喜んでくれたらそれも悪くないとは思う。
見に行くお店もどんな鞄にするかも、私の中では決めていた。
でも、待ち合わせの時間と場所だけで、出掛ける目的を町田くんにちゃんと伝えていなかった私が悪いんだけど。
駅前に現れた町田くんは、どう見ても新品のショルダーバッグを肩にかけていた。
「あれ、町田くん、その鞄……」
「あ、ああ……」
町田くんはまた隠すように鞄を背中の方に追いやる。
「買った、ネットで」
「……妹さんが選んだ?」
「あ、うん」
「妹さん、センスいいよね絶対」
「それは、よくわからないけど……」
「……」
駅前だから周りは賑やかだけど、町田くんと私との間にはなんだか変な沈黙が訪れた。
お世辞じゃなくて、今の町田くんの服装に、スポーツブランドの小ぶりなバッグはよく似合っていた。
私も余計な出費をしなくて済んだけど、鞄を見に行く必要がなくなってしまった。
じゃあ今日はこれからどうしよう。また服でも選ぶ?
そんな気分にもならない。
町田くんに似合いそうな鞄をあれこれ調べた時間や私の気持ちが全部無駄にされたみたい。
「……岡崎さん?」
でも町田くんは悪くない。
「あ、あー、どうしよっか。今日は、実はノープランでした!」
「え……」
いつも私が連れ回しているからか、町田くんは眉根を寄せた。
「ごめんね、とりあえず調べよっかな」と私はスマホを見た。
でもなんか、「これだ」っていう行きたいところがない。
待ち合わせ場所で出会えた他の人達は楽しそうに歩き出していく。
私は変に焦って、でも前に進まない。
「あ、あの」
町田くんも自分のスマホをいじっていた。
「俺……行きたいとこ、あるんだけど。岡崎さんが嫌じゃなければ」
✱✱✱✱✱
「ここから近いから、ほんとは今日の帰りに一人で行こうかなって思ってたんだけど」
そんなことをぼそぼそと言う町田くんに連れてこられたのは、私でも知っている漫画の漫画家さんの展示会だった。
デパートの上のフロアのイベントスペースみたいなところで開かれていた。混んでいて、外国人のお客さんもすごく多い。
「ごめん、なんかオタクっぽいよね……大丈夫?」
町田くんは申し訳なさそうにしている。
オタクっぽい、と思ったのは否めないけど、そもそも私がノープランとか言ったから、町田くんが提案してくれたところだ。
私に謝る必要なんてないし、ほんとに感謝してるのに。
「別に大丈夫」
笑顔で返事をするつもりが、自分でも素っ気ないなと思う声が出た。
町田くんは少し固まってしまい、私は慌ててもう一度笑顔を作る。
「とりあえず行こ」と私が受付に向かうと、少し後からついてきた。
当日券を買って、展示会場に入る。
まだ私の反応を伺うようにしていた町田くんも、中に入ると興味津々という感じで、展示された原稿や資料にすぐに見入っていた。
書き込まれた漫画の原稿を見ても私はなんかすごいなー、くらいの感想しか浮かんで来ない。
でも少し先を行く町田くんは真剣だ。
撮影可ということで、スマホでたくさん写真を撮っている。
時々思い出したようにこっちを振り返ってはいるけど、私がいてもいなくてもいいみたいだ。
「……あ、これアニメ観てた」
見覚えのある作品の展示があった。
少年少女達が変身して妖怪みたいなのと戦う、みたいな話だったと思う。
私の呟きに、町田くんが「これいいよね」とのってきた。
「前に完全版の漫画が出たから買ったんだ。大きくなってから読むとまたちがうっていうか、やっぱテーマとか深くて。よかったら漫画貸すよ?」
距離がいつもより近いし、見たことのないテンションの高さだ。
言い終えたあとで町田くんは「あ」と私から半歩ほど離れた。
「ご、ごめん……」
「なんで謝るの、私何も言ってないけど」
町田くんは気まずそうに首筋をさする。
「あ……あんまり楽しくなさそうに見えたから」
「……」
「あの、岡崎さん。あれだったら、外出ててもいいよ」
たぶん町田くんなりに気を遣ってくれたんだろうけど、私はむっとするのを抑えられなかった。
あれだったらって何。
「町田くん1人でも楽しそうだもんね」
自分の一言で、私と町田くんとの間の空気が冷え込んでいくのを感じた。
「え、あ、じゃあ、俺も出る……」
「町田くんが見たかったんでしょ、いいよ見てて」
町田くんは「えっと」と口ごもる。
完全に狼狽えてしまった様子の町田くんを見て、急に自分に嫌気がさした。
──私今、面倒くさい女になってる。
私は息を吐いた。
「……下で買い物してるから、終わったら連絡ちょうだい」
「お、岡崎さん……」
私は振り返らずに出口を通過した。
追ってくるわけでもないようだ。別に追いかけてきてほしいわけじゃないけど。
展示会のフロアから降りたら靴売り場があったから、適当に自分のサンダルなんかを見ていた。
スマホを確認しても、町田くんから連絡はない。本当に1人で楽しんでいるのかもしれない。
そもそも、私と町田くんが2人で出掛ける目的は、町田くんを変身させるためだ。
展示会を2人で見るとか、それだと本当にただのデートでしかなくて、私の計画の何にもならない。
ここで待ってる必要ある?
「──岡崎ちゃん?」
何となく聞いたことのある声に周りを見回すと、見知った顔があった。
暗い茶髪でゆるっとした服装のお洒落な男子。
「あー、小野くん?」
同じ大学の人だ。
学部は違うけど、樹と小野くんは薄い友達関係で、私も顔見知りではある。
「何、岡崎ちゃん、1人で買い物?」
「1人っていうか、まあ……今は」
ふらっと小野くんが近づいてきた。
「俺も1人なんだよーバイト帰りでさ」
「そうなんだ」と私は見ていたサンダルを棚に戻す。
「えー、ひとりなら一緒に遊ばない? ちょっと早いけど夕飯とかどう?」
「え、いや……」
スマホの画面にやっぱり通知はない。
「最近別れたんでしょ?」と小野くんは小声で聞いてきた。
私はスマホから顔を上げた。
「岡崎ちゃん有名だから」
小野くんはにっこりと笑う。
「樹と付き合ってたら勝ち目ないなって思ってたけど、フリーならどう? 俺も最近彼女と別れてさぁ」
小野くんは背も高いし、バスケサークルに入っていてスタイルもいい。
笑顔は優しそうで、服装も無理していない感じでセンスいい。
でも多分……軽い。
いや、でも、大学生の恋愛なんてほとんど見栄なんだと私は思っている。結婚を前提に付き合うとか、そんな重たいものじゃない。
だから見映えのいい彼氏。いいと思う。
なら別に小野くんでよくない?
むしろ私が求めていた人かもしれない。
こんな身近にいい物件があるのなら、町田涼平に拘る必要なんてないはず。
そう頭ではすんなり結論が出せるのに、私の口は縫い合わせられたように動かない。
「あ、岡崎さん……!」
その控えめな呼び声に、胸の奥が小さく跳ねた。
振り返ると、両手に紙袋を持った町田くんが駆けてくるのが見えた。




