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「町田くーん」
「あ……うわ黒っ!?」
店の前で先に待っている町田くんを見つけたので、声をかけたら後退りされた。
「だってすっごい日差しじゃない?」
私は黒い日傘を畳み、サングラスと鼻から首までを覆うフェイスカバーを外して、UVカットのパーカーの前を少し開けた。
「いやでも、全身黒とか、忍者かと」
「紫外線は怖いんだよー」
ちょっと上から目線で言ってみる。
「町田くんだって、ちゃんと日焼け止め塗った方がいいよ。塗ってる?」
「持ってない……」
「のわりにあまり焼けてないよね。羨ましい。とりあえずあっついから中入ろ」
「あ、うん」
「──あっ、町田くん」
自分の髪の毛先を触りながら、町田くんが再び振り返る。
「それ、髪の毛、自分でやってみたんだ?」
この間の美容室でのスタイリングとは程遠いけど、なんとか再現しようと努力したんだろうなっていうのはわかる。
町田くんは顔を引き攣らせ、急いで頭を撫でつけた。
「あーぐちゃぐちゃにしないで、せっかくなのに」
「いやこれ失敗。やっぱ難しくて……」
「えー、えらいよ。何事も練習あるのみだよね。私も髪巻くのとかけっこう練習したよ」
「はあ……」
そしてようやく、涼しい店の中へと自動ドアをくぐった。
今日町田くんと来たのは、私が住むアパートの最寄駅に隣接するドラッグストアだ。
そんなに大きいお店ではないけど、学生が多く住むところだからか、お手頃な基礎化粧品やコスメが充実している。
近所だからというのもあって、私はいつも都心に出るほど気合を入れた格好ではなく、日焼け対策重視だ。
それでも町田くんはこないだ私が選んだ服を着て来て、髪もなんとかセットしようと試みてくれたらしい。
なんともありがたい協力者だと思う。
「町田くん、普段スキンケアは?」
ドラッグストアの棚にずらりと並ぶ基礎化粧品を見ながら私は聞く。
「……特に何も。朝とか、顔洗って終わりだけど」
私は町田くんの顔を覗き込んだ。
町田くんのおでこのニキビは前より少しは良くなっている気もするけど、まだ目立つ。
町田くんには、まずは基本的なスキンケアからやってもらおう。
「あの、岡崎さん……?」
「乾燥しやすいのかな。この辺とかこの辺とかライン使いしてみる?」
私は化粧水をいくつか手に取って見せる。
「ら、ライン使い?」
「あ、私専門家ってわけじゃないからね。お肌に合わなかったらすぐやめていいんだけど、まずは試さないとね。とりあえずトライアルセットをいくつか買ってみようか」
もはやどう反応していいのかわからないという顔で町田くんが横に立っている。
「岡崎さんに任せなさい」
「……任せます」
「了解」と私は胸を叩く真似をした。
§
駅近くの、チェーンのカフェ。
メニューのお値段は少し高いけど、年配のお客さんが多くて、わりと静かで、座席も広々している。
その広めのテーブルに購入品達を袋から出して、町田くんに小声でスキンケアの説明をしていた。
「やっぱりね、お肌は大事だよ、男子でも女子でも」
「はあ……」
任せますと言ったくせに、町田くんは気のない相槌を打つ。
そして町田くんはジンジャーエールを飲んで、気のない表情でテーブルの上のスキンケア用品を眺める。
「とりあえずトライアルのやつ1週間使ってみてね。あとは、たまにパックもしてみて。ほらさっき買ったやつ、これメンズでも使ってる人多いし」
「パック……」
俺がパックなんてする日が来るとは。
という町田くんの心の声が聞こえてきそうな顔をしている。
「お肌の調子がいいと、自信が湧いてくる感じがするんだよ。ぜひ」
私が力説すると、町田くんは手で口元を隠すようにしてふっと笑った。
いつもぎこちなく笑う町田くんの、たぶん初めて見る柔らかな笑顔だった。
悪くない、と思う。
「説得力ある。岡崎さんが言うと」
「でしょ、自他共に認める美容オタクだもん私」
「爪とか」と町田くんはテーブルに置いた私の手を指差す。
「すごいよね。いつも違う」
「ああネイルね。3週間に一度は替えてる」
私はぷっくりしたリボンのついた今のネイルを眺める。
「爪整ってるとテンション上がるから。足もやってるよ。髪は、毎月美容室でトリートメントしてるし、フェイシャルエステとかにも通ってる」
「え、すごくお金かかりそう……」
「当たり前でしょー。私そのためにバイトしてるんだから」
「ほんとすごいね」と町田くんは感心したように私を……いや、私の髪の毛を見ていた。
町田くんの褒め方があまりに素直で、思わず口元が緩む。
“えー頑張りすぎじゃない? もっとナチュラルでいいよ”
以前、同じように美容への熱を語った時に、半ば呆れながらの樹に言われたことを思い出した。
ナチュラルで可愛くいられるならそれに越したことはないに決まっている。
でも、可愛くいるって、そう簡単なことじゃないから。
店を出る前にお手洗いに行って戻ると、席にいた町田くんがなぜかびくついた目で私を見る。
「どしたの?」
「あの、ここは……俺が払ったから」
町田くんの手にはレシートがあった。
「ええ? 出掛ける時のお金は私が持つって約束……」
「これくらいは、払わせて……ください」
懇願するような言い方に、思わず笑ってしまった。
「なんで敬語なの」
「いやなんか、怒られるかなって」
「怒らないけど」
私は笑いながら、椅子に置いていた鞄を手に取った。
「でも、そこら辺はきっちりした方がいいと思うんだよね」
町田くんは首を傾げた。
「ほら私たちって契約してるみたいなものっていうか、お金のこととか、なあなあにしない方が後々いいかなって」
「あ、ああ……そっか」
何とも言えない表情で町田くんはレシートを握り締めた。
でも確かにいつも私の方が財布を出すっていうのも、町田くんのプライドを傷つけているのかもしれない、と思い至る。
「でも今日思ったより出費しちゃったから正直助かる。ごちそうになるね。ありがと」
ついつい自分の化粧品も買ってしまったから、これは本心だ。
町田くんはほっとしたように「うん」と頷いた。
自然に微笑んでくれるの、やっぱり悪くない。
見た目が変わったからこその威力だと思う。
今後も出費は続きそうだけど、計画はぼちぼち順調に進んでいきそうだ、と安心する。
まだだいぶ先の、夏休み明けが楽しみになってきた。




