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「……“彼氏のフリ”?」
町田くんは怯え顔で、不審そうに聞き返した。
私は自動販売機の前から場所を移し、近くの屋根の付いたベンチに町田くんと座っていた。
「えっと、それ……どういう意味なのか……」
「そのままの意味だよ。夏休み中にできた私の彼氏ってことで、大学でも振る舞ってほしい」
私は最近樹に浮気されて振られたこと、素敵な彼氏をすぐに作って見返したいことを、出会ったばかりの町田くんに大真面目に説明した。
町田くんは眉間に皺を寄せたまま、辺りを不安そうに見回す。
「あのさ、これ……」
この距離でも聞き取りにくいくらいの小さな声量だ。
「何かの……罰ゲーム、とかじゃない……?」
「え?」
一瞬意味がわからなかった。
そして理解する。
「え、そんなわけないじゃん! 何の罰ゲームなのそれ」
私は笑ったけど、町田くんは表情を変えなかった。
私も真顔に戻す。
「ほんとだよ。ほんとに私真剣なの。樹……元カレと浮気相手の子を、もうとにかくびっくりさせてやりたいって気持ち」
町田くんは膝に乗せたリュックのファスナーをいじっている。
「いや、無理だよ俺が、フリでも、あ、あなたみたいな人の彼氏とか……」
拒否られてしまった。
「それ私が嫌ってこと?」
「じゃなくて」
町田くんはばっと顔を上げたけど、すぐにその声が小さくなる。
「見返すとか以前に……釣り合わないでしょ、俺と、岡崎さんとじゃ、どう見ても」
町田くんは項垂れてしまった。
どうやら私は話す順番を間違えてしまったらしい。
「私、町田くんを、今よりもっとかっこよくしてあげられるよ」
「は?」と町田くんの声がひっくり返った。
「言い方失礼だと思うけど、町田くんって、髪とか服とか変えたら、もっとよくなると思う。モテるよきっと」
「え、え」と町田くんは自分の髪の毛を気にするように触る。
「町田くんにも悪い話じゃないって言ったでしょ。これはなんていうか、取引なの」
どうしても契約がほしい営業マンの必死な気持ちが今わかる気がした。
「町田くん、ファッションとか特に興味無い人でしょ?」
私が問うと、町田くんは自分のシャツの裾を握った。
「興味無い……というか、そういうの、よくわからない」
「自分に何が似合うのかって難しいよね」
「ちがう。似合うものとか、別にないし」
「そんなことないない」と私は否定した。
「私、ファッションとか美容とか詳しいって人に言えるくらい自信あるよ。町田くんのこと、絶対いい方に変身させられる」
町田くんは半信半疑な目をしている。
「だから、お願いします。協力して」
「……」
やがて、諦めたような溜息が聞こえた。
とにかく、そんなこんなで私は、町田くんの首を縦に振らせることができた。
§
カフェでスマホを弄っていたところに、〈終わりました。〉と町田くんから他人行儀なメッセージが来た。
私は残りのアイスコーヒーを飲みきり、店を出た。
「おおー」
私の行きつけの美容室で髪型と眉を整えてもらった町田涼平を、私はまじまじと見てしまった。
随分と爽やかになった。
切る前は陰気な感じを纏っていたのに、美容師さんってすごい。
本当は少し髪色も明るくしてほしかったけど染めることには抵抗があるみたいで、黒髪のままだ。
長めの前髪もすっきり分けてもらって、おでこのニキビが目立つけど、前より全然いい。
私の目に狂いはなかったってやつだ。
「えーめっちゃ似合ってるよ町田くん」
「え……なんか不自然じゃない?。ていうか、一回頭洗ったら再現不可能だよこれ」
町田くんはきちんとスタイリングされた毛先を落ち着かないように触っていた。
「大丈夫大丈夫。動画見て練習とかしたら再現できるって」
「え、練習? わざわざ?」
嫌そうな町田くんの声は聞こえなかったことにして、「さて次は服でーす」と次の目的地へと案内する。
いくつものファッションブランドが入っている駅ビルに来た。
夏休み時期だし、セール期間中というのもあって、混んでいる。
同じ年頃の若い女の子達がわいわいとしていて、私の隣の町田くんはこの環境に怯えているようにも見えた。
「町田くんには、こういう感じのブランドが似合うと思うんだよね。シンプル系の」
目当ての店に連れて行くと町田くんは困ったように首を傾げた。
「そう? いや、もう岡崎さんに任せるけどさ……」
「よし、じゃあ任せなさい」
事前にメンズの着こなしについては予習済みだ。
町田くんにあれこれと試着させてみると、既に髪型が決まっているし、スタイルが悪いわけではないから、意外とどんな服装でもいいんじゃない?と思える。
ちょっと楽しくなってきて、「どれも同じに見える」と呟く疲れ顔の町田くんをよそに、何度も着せ替えをしてみた。
「あー、これいいよ町田くん」
生地のしっかりした空色のTシャツに、少し緩めのパンツ、いい感じだ。
「こういう色……着たことない。違和感がすごいんだけど」
「これこのまま着ていこ」
「ええ?」
「すごくいいから。店員さーん」
他にも「これだ」という上下の組み合わせをいくつか決めた。
レジで財布を出そうとする町田くんを、「私が買うって言ったじゃん」と押しとどめる。
「私のわがままだから。町田くんは、黙ってこれを着て、夏休み明けに大学に来てくれればいい」
「……」
にこにこと営業スマイルを浮かべるレジのお兄さんを待たせても悪いので、私はさっさと会計を済ませた。
タグも切ってもらい、町田くんにはそのまま私チョイスの服を着てもらう。
購入品の紙袋は何も言わずに町田くんが持ってくれた。
本当は靴とか鞄ももっとお洒落なのを買いたかったが、さすがに一度では金銭的に無理だ。
今日の町田涼平変身大作戦は、ここらへんでやめておこう。
横で小さな溜息が聞こえた。
「ごめんね町田くん、疲れちゃった?」
「あ……まあ、うん」
取り繕いもせずに町田くんは答える。
「ああいうお洒落な店とか、自分で行かないから」
「いい経験になったね。さてどっかでお昼でも食べよっか」
「う、うん……あ」
あわあわと町田くんがスマホを操作し始めた。
「待って、今お店調べる……」
「ううん、この辺よく来るから知ってるし、確かこの辺りに」
私は辺りを見回し、雑居ビルの2階にあるチェーンのパスタ屋を見つけた。
「あ。あそこ、昼でもわりとすぐ入れるんだよ。行こ、あ、パスタ平気?」
「あ、うん……」
町田くんは少し気落ちしたようにスマホを尻ポケットにしまい、私の後ろをついてきた。
§
窓を背にした席で、町田くんは何となく肩身が狭そうにストローでジュースを飲んでいる。
「町田くんってさ」
料理がまだ来ないので私がテーブルに身を乗り出すと、町田くんはびくりとして椅子の背もたれに背をつけた。
「休みの日とか何してんの? ほら今、夏休みだし」
「ば、バイトとか。あとは動画見たり……ネカフェで漫画読んだり……かな」
「漫画、何好きなの?」
「え、え……岡崎さんとか、知らないと思うよ……」
あまりその話題を広げたくないようだし、私も別にすごく聞きたいわけでもない。ただの世間話だ。
だって私が今まで付き合ってきた男子達と、町田涼平はまるでタイプが違う。
今も、見た目は爽やかな男子になったけど、目の合わせ方とか、話し方とかは、自信なさそう。やっぱり樹みたいに、自分は「1軍」だって自覚している側の人とは違う。
注文したパスタが運ばれてきた。
町田くんは黒胡椒がしっかりかかったカルボナーラ、私は麺を少なめにしたキノコの和風パスタ。
「服汚しそう」とぽそりと呟き、町田くんは手を拭く。
緊張してるのかパスタに不慣れなのか、フォークをぎこちなく使っている。あまりうまく麺を巻き取れていない。
「箸もらおっか?」
「えっ、いや、大丈……」
「ここお箸出してくれるよ。私も箸の方が食べやすいから。さっき注文の時言い忘れちゃって」
私は店員さんを呼んで、私と町田くんの分の箸をお願いして、すぐに持ってきてもらった。
「あ……ありがと」
「いいえー」
町田くんはまた少し肩を落とした様子で、箸でカルボナーラを食べ始めた。
私は「好きな料理は何か」「出身はどこか」「何のバイトをしてるのか」などなど取り留めもなく質問したけど、町田くんから返ってくる言葉は一言二言で、話はあまり盛り上がらない。
別に期待していたわけじゃない。逆に、見た目が変わったからといって、いきなり言動まで変わったらびっくりしてしまう。
それでも仮にも私の“彼氏”なのだから、自然に会話できるカップルに見えないといけないと思って私はとにかく話しかけた。
「あ……あのさぁ」
カルボナーラも残り少なくなった頃。
ペーパーで口の周りを拭き、町田くんは自分の首筋を触りながら言う。
「こんな感じで、ほんとに大丈夫かな、俺」
「ん?」
ランチセットのデザートの、小さなパンナコッタの真っ白な表面ををつついていた私は顔を上げた。
町田くんはちらと私を見て、すぐに自分の手元に視線を落とす。
「いや、なんか、やっぱ俺だと、岡崎さんの求めていることに、何も応えられない気が……」
「……」
「そもそも俺が岡崎さんの“彼氏”とか、恐れ多いというか……」
私の“彼氏”が町田涼平である必要性は別にない。
でもせっかく協力を取り付けたんだから、いきなり挫けられると困る。
「“彼氏”のフリなんだし。別に気負わなくていいのいいの」
私はそう言ったけど、町田くんは微妙な顔でパスタを食べきった。
それから思い出したようにリュックを漁り出す。
「あ……あの、ここは払うから、俺」
「いいんだって、私が無理やり付き合わせてるんだから」
「で、でも、美容室とか服とかも岡崎さんが」
「それは私のためなんだってば。だから協力してくれる町田くんへのお礼。いや、投資かな?」
「……」
「だから、髪のスタイリング動画、ちゃんと観て練習してね?」
笑顔で要求すると、町田くんは大きな錠剤でも飲み込むような顔で、浅く頷いた。
町田くんにも頑張ってもらうし、その分自分も頑張らないと。
樹に振られてから停滞気味だった気持ちが晴れてきて、やる気が芽生えてくるのを感じていた。




