表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/75

第69話 獅子の咆哮(前編) 警察視点


「白川管理官。またハネました。大宮で受け子を検挙、現在、任意同行中です」


 報告に来た部下の声には、高揚よりも疲労が混じっていた。


 俺は警視庁刑事部特別捜査課の管理官、白川だ。

 ここに集まっているのは、トクリュウ案件を追うため各所から寄せ集められた100名超の捜査員たち。相手は顔も実体も掴みにくい、匿名と流動性を盾にした犯罪集団だ。


「場所はどこだ。状況を簡潔に言え」

「埼玉県大宮駅西口周辺です。特殊詐欺の通報を受けた大宮署員が、防犯カメラのリレーで現金の受け子を押さえました。容疑者は確保済みですが、『指示役から荷物を運べと言われただけだ。中身が現金とは知らなかった』の一点張りです」


 また末端か。


 毎度毎度、捕まるのは尻尾だけだ。

 通帳を売った困窮者、借金まみれの学生、半端な不良崩れ。切ってもまた生えてくる駒ばかりで、本丸はSNSの海とTelegramの壁の向こうに隠れたまま。


 俺は大型モニターの地図を睨んだ。


「運んだ先はどこだ」

「それが……現場付近で、制服を着た若い女性に渡したと供述しています」


 制服。


 その一語に、嫌な違和感が走った。


 普通、末端は徹底して個を消す。地味な私服、マスク、帽子。学校の制服なんて、身元を絞り込まれる最悪の選択肢だ。組織がそれを容認したのか、それとも現場で何か想定外が起きているのか。


「防カメのリレーを急がせろ。その少女はどこへ消えた。どの車両に乗った」

「現在、埼玉県警が駅構内のカメラを解析中です。夕刻のラッシュと重なって難航していますが、改札内に入ったところまでは確認できています」


 俺は立ち上がり、フロア全体へ声を飛ばした。


「おい、全員聞け! こいつはただの特殊詐欺じゃない。不自然な駒が動いてる。体制を組み直せ! 今日は一歩も引かんぞ。定時で帰ろうなんてヌルい考えは捨てろ。ホシの尻尾を掴むまで、一人たりとも帰れると思うな!」

「「「はっ!」」」


 一斉に返声が上がる。

 止まっていた空気が、一気に回り始めた。電話、照会、画像解析、過去事案との照合。疲労で鈍っていたフロアが、ようやく獲物の匂いを嗅ぎつけた猟犬の群れみたいに動き出す。


 だが、現実はいつも苦い。

 こうやって何度牙を立てても、食いちぎれるのは末端の肉だけだ。本丸までは届かない。その苛立ちが、ずっと腹の底に澱み続けていた。


 その時、解析班が声を張った。


「埼玉から画像が来ました。メインに出します」


 一枚の静止画が大型モニターに映る。

 大宮駅の雑踏、柱の陰に近い死角。セーラー服姿の少女が、検挙された受け子から紙袋を受け取る瞬間だった。


「……拡大しろ」


 画像が引き伸ばされる。


「管理官、これ……中学生じゃないですか。幼すぎます」

「制服を照合しろ。どこの学校だ」

「解析班により画像照会をかけています。判明したら学校側には氏名の特定を優先で返すよう求めています」


 中学生を運び屋に使う。

 胸糞が悪い。


 未成年、それも義務教育の子どもなら、摘発されても刑事処分の壁がある。そこを盾にして使い潰すつもりなら、反吐が出る。


 だが、俺の目を引いたのは年齢だけじゃなかった。


「止めろ。もう少し寄せろ」


 少女の顔が大きく映る。

 紙袋を受け取る、その一瞬。

 拡大画像は荒くドットが見える。


 でも……。


 怯えて流されている顔じゃない。

 周囲を見ている。渡してきた男の動きまで、受け取った後に追って確認している。


 ガキが金をもらって浮ついている目でもない。


 場を読んでいる目だ。俯瞰している。冷静すぎる。


「管理官、解析班から一次回答来ました。学校にもFAXを送り画像ましたが、上頭中学校の制服の可能性が高いとのことです。詳細確認を続行中」

「名前はまだか」

「教職員側に照合中です」


 こいつは何者だ。

 制服だけ見れば中学生。だが、やっていることも、顔つきも異常だ。まるで場数を踏んだ潜入捜査官みたいな目をしている。


 その時、別の島から怒鳴るような報告が飛んだ。


「白川管理官! 神奈川県警から緊急入電! 大宮の件と一致する疑いがあります!」

「何だと」

「武蔵小杉駅付近から110番です。内容は『友人が運び屋をさせられている、車で連れ去られた可能性がある。位置は通報者がGPSで追跡中』」


 埼玉から神奈川。時間的には繋がる。


「通報者は誰だ」

「栗原と名乗る中学生です。連れ去られた被害者名は――田中朱音、十二歳」


 俺はモニターの少女を指差した。


「こいつだ。間違いない」

「管理官! 学校側から正式回答です。画像確認の結果、田中朱音、中学一年生で相違なしとのことです!」


 繋がった。


 特殊詐欺の末端事案だと思っていたものが、未成年の誘拐に変質していやがる。

 しかも被害者は、ただ駒にされて泣いていたガキじゃない。現場で何かを見て、何かを掴んだ可能性が高い。


 だから持っていかれた。


「一班、神奈川へ飛べ! 現場保全と通報者を神奈川県警と一緒に聴取し、友人の位置情報を最優先で回収しろ! 二班、武蔵小杉周辺のNシステム、防犯カメラを全部洗え。車種を絞れ!」

「はい!」

「三班は大宮の受け子をもう一回締めろ。制服の少女について、聞き方を変えてでも吐かせろ!」


 トクリュウが一線を越えた。

 金を奪うだけで済ませていた連中が、今度は人間そのものを奪いにきた。


 そこまでして、この少女を消したい理由があるのか。


 俺は課長席へ踏み込んだ。


「課長。これはトクリュウの喉元に食らいつく機会です。広域緊急配備の発令を要請します。非番も全部呼び戻したい。東京、神奈川、埼玉、千葉、周辺全部に『誘拐および特殊詐欺』で網を張らせてください」

「……よかろう。責任は俺が持つ。白川、1分1秒を惜しめ。その子をなんとしても生きて確保しろ」

「了解!」


 敬礼を返し、自席へ戻る。

 モニターの中の少女が、真正面からこちらを見返してくるように感じた。


 待っていろ、田中朱音。


 お前が何者だろうが関係ない。

 必ず引きずり戻す。

 そして、お前を地獄へ連れて行こうとしている連中を、一人残らず奈落へ叩き落とす。


 警視庁特別捜査課。

 眠れる獅子が、ついに牙を剥いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ