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第59話 置き去りの謝罪:木村陽太より


 舞香、父さん、母さん。


 ごめん。先に謝る。

 黙って家を出る。たぶん、もう帰らない。

 帰れない、のほうが正しいのかもしれない。


 これを読んでる時、俺はもう家にいないと思う。

 どこかで警察に捕まってるかもしれないし、まだ捕まってないだけかもしれない。

 それは分からない。

 でも、とにかく家には戻っていないから読んでいると思う。


 最初に言う。

 毎日、家の前で鳴ってたあのバイクの音。

 あれは全部、俺のせいだ。


 俺が馬鹿だった。


 高校二年になってから、「喪連會そうれんかい」っていうグループに入った。

 友達に誘われた。

 最初は本当に、ただ夜に集まって、コンビニでだべって、バイクで流して、それだけだった。

 ちょっと悪ぶってるだけの遊びだと思ってた。


 でも、そんなの最初だけだった。

 みんなで走ってたら勝手に走るなって先輩に囲まれて、殴られて、ヘルメットも取られて、「走りたきゃ金を払え」って言われた。

 断れなかった。

 怖かった。

 情けないけど、あの時の俺は、本当にそれだけだった。

 そこから金を払うようになって、気づいたら抜けられなくなってた。


 途中で、仲の良かった友達が「小遣い稼ぎ」を始めた。

 荷物を運ぶ仕事だって言ってた。

 人から預かった荷物をロッカーに入れるだけで二万円もらえる、楽な仕事だって。

 俺は、その時ちゃんとおかしいと思った。

 そんなの絶対にまともじゃないって分かってた。

 でも、そいつは笑ってた。

 「俺は中身知らねえし、なんかあっても騙されたって言えばいいだろ」って。

 あの時、急にそいつの顔が知らないやつみたいに見えた。

 同じ高校の、前まで普通に笑ってたやつなのに。


 俺は離れた。

 関わりたくなかった。

 ほんとに嫌だった。


 でも、逃がしてもらえなかった。


 先輩たちは、俺が抜けたいって言っても聞かなかった。

 金を払って終わりにしようとしても駄目だった。

 今度は「あの友達のこと、バラされたくなかったら分かるよな」って言われた。

 俺は、びびった。

 自分が巻き込まれるのも怖かったけど、それより、もう名前が出てる時点で終わりだと思った。

 逃げても無理だって。


 それで、


「一回だけでいい」

「一回やったら、もう関わらせない」


 そう言われた。


 信じた俺が本当に馬鹿だった。


 俺は一回だけ、その仕事をやった。

 大宮駅で、おじいさんから紙袋を受け取った。

 ずっしり重かった。たぶん五百万くらい入ってたと思う。


 そのおじいさんが、俺に聞いた。


「これで、息子は助かるんですよね?」


 俺、ちゃんと顔を見て、

「はい、もちろんです」

 って答えた。


 最低だと思う。

 本当に最低だ。

 書いてても気持ち悪い。

 あの時の自分を思い出すと、今でも吐きそうになる。

 駅のトイレで本当に吐きそうになった。

 涙も止まらなかった。

 なのに、金は運んだ。

 新宿のロッカーまで、ちゃんと運んだ。

 最後までやった。


 そのあと先輩から「よくやった」ってメッセージが来て、俺は部屋で壁を殴った。

 母さん、壁の穴、あれ俺が開けた。

 前に知らないふりしてごめん。


 その一回で終わらなかった。


 しばらくして、もう一度だけ、何も考えずに走りたくてバイクを出した。

 そしたら喪連會の連中に囲まれた。

 上納金も払わずにシマを走るなって、また殴られた。

 笑えるのは、前に仲が良かったあいつもいたことだ。

 笑いながら蹴ってきた。

 あいつ、もう完全に向こう側の顔してた。


 それから先輩から、またメッセージが来た。

「うちのシマで走った罰として、もう一回仕事しろ」って。


 俺は断った。

 今度こそ無理だと思った。

 もう二度とやらないって決めてた。

 でも、断っても断っても終わらなかった。

 メッセージは来るし、家の前ではバイク鳴らされるし、夜は寝られないし、頭がおかしくなりそうだった。


 毎晩のあの音、ほんとに地獄だった。

 家の中まで響いてきて、耳塞いでも聞こえて、ずっと責められてるみたいだった。


 お前は犯罪者だ

 逃げられると思うな


 そう言われてる気がしてた。


 警察が来ると、連中は逃げた。

 でも、いなくなるだけで、何も終わらなかった。

 また戻ってきた。

 それの繰り返しだった。


 警察は助けてくれないって、何回も思った。

 でも、本当は違う。

 違うんだと思う。

 助けられなかったのは、俺が何も話さなかったからだ。

 本当のことを言ったら、俺がやったことも全部出る。

 おじいさんから金を受け取ったことも、グループにいたことも、全部。

 それが怖くて、俺は口を閉じた。

 警官が来ても怒鳴って、追い返そうとして、まともに話さなかった。

 だから、警察だって踏み込めなかったんだと思う。

 俺のせいだ。

 ここも、俺のせいだ。


 そんな時、先輩から動画が送られてきた。

 舞香の下校中の動画だった。

 後ろからバイクで近づいて、すぐ後ろを掠めていくやつ。

 奇声あげながら、笑いながら。


 あれ見た時、ほんとに頭が真っ白になった。

 俺だけならよかった。

 よくないけど、でも俺だけならまだよかった。

 舞香だけは駄目だと思った。

 絶対駄目だと思った。


 数か月我慢して、引っ越せば終わるって思ってた。

 父さんたちも、たぶんそう思ってたはずだ。

 でも、終わらなかった。

 もっと上のやつが出てきた。

 本物のヤクザなのか、何なのか分からないけど、とにかく俺なんかじゃどうにもならない相手だった。


「無視するなら家族も全員巻き込む」

「二週間ほどカンボジアだ。行ったら全部終わりにできるぞ」

「それか、最後にもう一度仕事をしろ」


 そう送られてきた。


 俺、正直、もうどうしたらいいか分からなくなった。


 警察に言えば、自分のやったことも出る。

 でも黙ってたら、舞香たちが危ない。

 家にいたら家に来る。

 逃げても追ってくるって言われた。

「地獄の底まで追いかけてやる」って。

 たぶん本気だった。


 自首したほうがいいって、何回も思った。

 でも、その勇気が出なかった。

 警察に行けば全部終わる気もしたけど、同時に、その瞬間から父さんも母さんも舞香も、犯罪者の家族として見られる気がして、怖くて無理だった。

 学校も、近所も、全部終わる気がした。

 言い訳だって分かってる。

 でも無理だった。


 カンボジアなんて行ったら、たぶん帰ってこられない。

 それも分かってる。

 ニュースとかで見たことあるし、まともな話じゃないって分かる。

 それでも、ここで俺が何もしなかったら、舞香たちに何かされるかもしれない。

 そのほうがもっと駄目だと思った。


 だから、最後の仕事をする。

 荷物を運ぶ仕事だと思う。

 そう言われてる。

 それで本当に終わる保証なんてない。

 たぶん嘘だ。

 そんなこと、俺でも分かってる。

 でも、もう他に思いつかなかった。


 ごめん。


 ほんとにごめん。


 舞香。

 ちゃんと勉強して、いい高校に行ってくれ。

 こんなことで、お前の人生まで壊れてほしくない。


 父さん、母さん。

 親不孝でごめんなさい。


 もし俺が戻らなかったら、この手紙を警察に持って行ってほしい。

 俺がやったことも、知ってることも、全部話してほしい。

 もう隠さないでほしい。


 たぶん俺は、最初に間違えた時にちゃんと捕まって、ちゃんと終わらせるべきだった。

 でも、それができなかった。

 そのせいで、家まで壊した。


 父さんが仕事から帰ってきて、玄関で疲れたみたいに靴を脱ぐ音。

 母さんが台所で味噌汁をよそう音。

 舞香がリビングで参考書を開いて、たまにシャーペンを止める気配。


 ああいう普通の音が、俺はずっとあるもんだと思ってた。

 なくならないと思ってた。

 俺が壊した。


 もう取り返しがつかない。


 俺のことは、もう死んだと思ってくれていい。

 でも、できれば少しだけ、最後にちゃんと家にいた時の俺を覚えていてください。


 今まで、本当にありがとうございました。


 陽太

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