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第49話 開かれた禁忌


 トイレの個室に閉じこもり、思考を研ぎ澄ませる。


 あいつが本当に犯人なのか。


 この策が空振りに終われば、協力してくれた仲間を不必要なリスクに晒し、多大な迷惑をかけることになる。

 盗撮という卑劣な手段を選びながら、実害を伴う接触を避けている点も解せない。単なる収集癖による犯行なのか、それとも。


「……朱音ちゃん、そろそろ大丈夫じゃない?」


 神田さんの囁き声が思考を遮る。

 耳を澄ませば、廊下から喧騒は消えていた。時間だ。


「うん。職員室へ向かおう」


 俺の言葉に、神田さんと愛ちゃんが硬い表情で頷く。


「なんだか、すごくドキドキしてきた……」

「うん、私も。ちょっと手が震えてるかも」


 2人の緊張が伝わってくる。


 全校集会終了まで残り15分。カウントダウンは既に始まっている。

 俺は心臓の拍動を一定に保つよう意識しながら、足早に職員室へと向かった。急ぎたいが、胸に負担をかけるわけにはいかない。


「何かあったら、迷わず逃げて。いい?」

「分かってる。朱音ちゃんを置いていったりしないから」


 愛ちゃんが力強く応える。彼女は美桜から俺のブレーキ役を託されているはずだ。その真っ直ぐな善意が、今は少しだけ眩しい。


「ありがとう。頼りにしてる」


 可憐な少女の笑みを張り付け、俺は短く答えた。



 職員室前に到着する。全校集会の最中とはいえ、完全に無人になる可能性は低い。

 俺は神田さんに目配せを送った。彼女は無言で頷き、意を決したように扉を開ける。


「あ、先生……!」


 神田さんの声が室内に響く。やはり、残留している職員がいたか。

 扉の陰に愛ちゃんと身を潜め、中の様子を伺う。


「あの、1年生の別クラスの子が、トイレで倒れていて。意識はあるみたいなんですけど」

「分かった、案内してくれる?」

「はい。先生が残っていて良かったです、こっちです!」


 神田さんはわざと声を張り、誘導しながら遠ざかっていく。見事な連携だ。これで職員室から大人の目が消えた。


「愛ちゃん、見張りをお願い。誰か来たら咳払いで合図して」

「うん、任せて」


 俺は滑り込むように無人の職員室へ入り、目的のデスクへ直行した。


 天板には何もない。引き出しを引く――あった。スマートフォンだ。


 教師は基本的に、職員室以外にスマホを持ち歩かない。全校集会の時も、持っていない。だから、このタイミングしかない。


 俺はポケットから、あらかじめ用意しておいたチョークの粉が入った小袋を取り出した。

 粉を画面の上に薄く振りかけ、余分な粒子を慎重に吹き飛ばす。

 斜め45度から窓の光を当て、皮脂が描いた微かなテカリと付着した粉の筋を読み取る。


 一筋の軌跡が浮かび上がった。

 パスコード入力ではなく、パターン認証。これなら勝機はある。

 窓から差し込む光の角度を調整し、指の皮脂が粉を吸着している箇所を特定する。


 パターンは『Z』。


 指先を震わせることなく、正確にその軌跡をなぞる。


 一瞬の硬直の後、画面が鮮やかなホーム画面へと切り替わった。

 まずは動かぬ証拠を押さえる。設定画面から保存済みのネットワーク一覧を呼び出した。


『SSID: g100gt-ac』


 液晶に浮かんだ文字列が、俺の推論を冷酷に肯定する。


 やはり、こいつだったのか。

 胸の奥から、煮え繰り返るような怒りと、羞恥がせり上がってくる。

 Wi-Fiのパスワードを表示させると初期設定のままだった。自分のスマホで撮影し記録する。


 次は、肝心の盗撮データだ。

 標準のフォトライブラリを確認するが、それらしい画像は見当たらない。非公開アルバムにも、ファイルにも入っていない。


 俺は焦って、背中に嫌な汗が流れるのが分かる。眼の前のスマホが急に遠く感じる。

 別の秘匿アプリに偽装している可能性がある。インストール済みのアプリ一覧を確認する。


 数が少なすぎる。

 プリインストールを除けば、全部で20個も存在しない。アプリの非表示設定もなされていない。あの隠しカメラのWi-Fi設定が残っている以上、この端末とカメラは同期され、データが転送されているはずだ。なのに、肝心の動画も、それを閲覧するための専用アプリも見当たらない。


 俺は設定画面からストレージを確認する。


『256GB中、189GBを使用中』


 不自然だ。


 Googleフォトやローカルのライブラリを確認しても、容量をこんなに食うような動画や画像はほとんどなかった。他に大容量を占有するゲームや編集ソフトも見当たらない。それなのに、189GBもの領域が埋まっている。


 間違いなく、このスマホのどこかに巨大な塊が隠されている。


 俺がさらにスワイプし、隠しパーティションやシステム領域の偽装を暴こうとした、その時だった。


「――ゴホッ、ゴホッ!」


 廊下から、愛ちゃんの鋭い咳払いが響く。

 早すぎる。想定外の速さで誰かが戻ってきたのか。

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