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第47話 AZWの誓いと


 職員室を後にすると、廊下では仲間たちが不安げな表情で俺を待っていた。


「朱音ちゃん。あの、図書室の鍵が……」


 梨花が小声で尋ねてくる。俺は教員たちの耳に届かないよう、バッグに鍵を滑り込ませながら頷いた。


「あ、うん。私が預かる」


 ひとまずこの場を離れるべきだと判断し、俺は無言でジェスチャーを送って歩き出した。校舎を出て、夕闇が迫る正門付近まで来てようやく、俺はみんなに向き合った。


「……多分、先生の誰かだと思う」


 俺の言葉に、神田さんたちが息を呑む。


「でも、たまたま職員室に戻っただけかもよ? 私、足音は聞いたけど、姿までは見れなかったし……」


 愛ちゃんが、犯人を逃したことを自分の責任のように感じて悔しがっている。俺は彼女の手を軽く握る。


「大丈夫。確証はなかったけど、最初から先生の誰かだとは想定してたから。あのカメラは多分、インターネットでか買えない。普通の中学生が簡単に買え無いと思う。設置の巧妙さも含めて、犯人はあの職員室にいた大人の中にいるはずだよ」


 それでも、まだ決定的な一手には欠けていた。現職の頃ならここから任意同行を求めることもできたが、今の俺には法的な権限も、物理的な制圧能力もない。


「体育の先生が怪しいだろ」


 不意に後ろから声がした。相澤くんだ。


「え、あんたまだいたの?」


 美桜の鋭い刃のような言葉が飛ぶ。相澤くんはたじろぎながらも、食い下がるように1歩前に出た。


「ずっといたよ!……今度は俺も手伝うぜ」

「あ、ありがとう。助かるよ」


 私が素直に礼を言うと、相澤くんは少し顔を赤くして視線を泳がせた。


「それで、なんで体育の先生だと思ったの?」

「いや、あいつ。普段から結構、女子をエロい目で見てるぜ。直感だけどな」


 警察官の世界でも直感は時に重要だが、今はそれだけでは不十分だ。しかし、神田さんと梨花も相澤くんの言葉に深く頷いていた。


「わかりみ。あいつ、授業中も結構ジロジロ見てくるよね」

「うん、私もそう思う……」


 女子生徒たちのリアルな証言は、何よりの動機付けになる。


「でさ、相澤。本気出したら強いんなら、もうちょっとマシな情報ないの?」


 美桜の言葉に、愛ちゃんが堪えきれずに吹き出した。


「もう、やめてよ美桜ちゃん。また思い出しちゃう」

「え、何の話?」

「相澤の昔のSNSアカウント名、『本気出したら強い俺』だったの」


 愛ちゃんの暴露に、神田さんがお腹を抱えて笑い出し、梨花も後ろの方でクスクスと肩を揺らしている。


「もう変えたよ! そんなダサい名前、もう忘れてくれよ!」


 相澤くんは顔を真っ赤にして否定するが、美桜は冷ややかな、しかしどこか楽しげな目で彼を追い詰める。


「忘れられるわけないでしょ。ダサすぎて伝説レベルなんだから。じゃあ、今のアカウント名はなんて言うのよ」

「え? 興味あるのか? しょうがねぇな。お世話になったし見せてやるよ」

「あんた個人に興味があるわけじゃないってば」


 言い合いながらも、相澤くんが自慢げにスマホの画面を見せてきた。インスタのプロフィール画面に表示されていたその名前は――。


『AZW-project』


 一瞬、全員が沈黙した。俺も何と言っていいか分からず、言葉を失う。


「……ダサっ」


 沈黙を破ったのは、やはり美桜だった。


「え? 格好良いだろ! 女子には分からないかな~」


 本人は至って本気らしいが、相変わらず絶妙にセンスがズレている。

 みんなが笑っている。そんな日常を、あんなレンズで崩させてたまるものか。

 俺たちはしばらくそんな軽口を叩きながら歩き、明日の作戦を練った。


「それで、朱音はどうするの?」

「うん。図書室の鍵は私が持っているから、今夜は誰も入れない。犯人が今日帰宅してからの動画がダウンロードできなかったのを確認すれば、途中で映像が途絶えた異変に必ず気づくはず。だから明日の朝、図書室に近づく者がいないか確認したいんだけど……」


 本来はマスターキーを持つ人間なら侵入は可能だ。だが、夜通し見張るわけにもいかない。


「俺が見てやるよ! 明日の朝は部活がないからな。いつも6時半には学校にいるし、明日も同じくらいに来て見張っててやる」

「ありがとう、相澤くん。でも、いい? 犯人を見つけても、絶対に声はかけないで。……これはお願いじゃなくて、命令だからね。相澤くんの仕事は、誰が図書室に入ったかを、私にメッセージを送ること。それだけ。わかった?」

「りょっ」


 私が感謝を伝えると、相澤くんは鼻の下を擦って胸を張った。


「頼むよ、プロジェクト!」


 美桜の茶化しに相澤くんが食ってかかる様子を見ながら、俺たちは一旦解散した。明日という決戦の日に備えて。



 その夜。俺は自室のベッドで、昼間の光景を反芻していた。


 あの充電器型カメラ。わざわざテープで固定し、角度を斜めに調整していた。そのレンズが捉えていた場所にいつも座っていたのは……


 しかし、今日職員室にいた4人の教師の中に、図書室に訪れたのを見た記憶はない。

 犯人は、本当にあの4人の中にいるのか。あるいは、俺たちの知らない第三者の影がまだ潜んでいるのか。

 暗闇の中で、犯人と接触していない現状に、元生活安全課としての本能が静かな警鐘を鳴らし続けていた。


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