第45話 静かなる包囲網と、遠ざかる足音
俺は抜き取ったカメラを元の場所に戻し、慎重にコンセントを差した。
「え、戻しちゃうの?」
美桜が不安げに眉を寄せる。
「うん。電波を完全に止めてしまうと、異変に気づいた犯人が警戒して逃げてちゃう。でも、レンズ部分はさっきのテープで塞いだから、これで盗撮はできないし、犯人側には『接続はされているが映像が映らない』という不具合に見えるはず……」
俺たちは図書室の準備室に身を潜めた。
犯人が近づくのを察知するため、図書室の入り口が見える位置に2人ずつ配置し、手鏡を使って廊下を監視する。梨花と愛ちゃん、神田さんと美桜のペアで交代しながら、死角からの監視を続けた。
放課後の時間は刻一刻と過ぎていく。部活動が終わり、校内には下校を促す放送が流れ始めた。教師たちもそろそろ帰宅準備に入る時間帯だ。
「どうする、朱音……」
美桜が耳元で囁く。
「……今日来なかったら、明日の朝もう一度監視して、それでも動きがなければ校長先生に報告するしかない。証拠は確保してあるから」
その時だった。
「あ、待って。誰か来る」
愛ちゃんが、低く、しかし鋭く通る声で言った。
準備室の中を、刺すような緊張が走る。俺の喉の奥がヒリついた。
「こっちに来る。……スマホを見てるよ」
俺も愛ちゃんの隣に寄り添い、手鏡の破片を覗き込んだ。
1人の男子生徒が、画面を凝視しながらゆっくりとこちらへ歩いてくる。
キュッ、キュッ、キュッ。
上履きが廊下の床を鳴らす音が、やけに大きく響く。愛ちゃんは静かに手鏡を引き抜き、全員がドア付近で身を固めた。
自分の心臓の音がうるさくて仕方ない。犯人はもう、すぐそこまで来ている。Wi-Fiの電波範囲内だ。
もし犯人と相対したらどうする。
元警察官としての現役時代なら、持ち前の体格と逮捕術で瞬時に制圧できた。だが、今の俺はか弱い女子中学生だ。力尽くで組み伏せることなど到底できない。そこまで考えが及んでいなかった自分の甘さに、奥歯を噛み締めた。
その時、美桜が意を決したようにドアを一気に開けた。
「……っ!」
美桜に続いて、神田さんと愛ちゃんが怒鳴り込むように廊下へ飛び出す。俺も梨花と一緒に最後尾で続いた。
「え? 相澤くん……っ!?」
そこにいたのは、同じクラスの相澤くんだった。彼は鳩が豆鉄砲を食らったような顔で固まっている。
「相澤くん、あなただったのね!」
美桜が、相澤くんのスマホを持つ手を掴み、半ば強引に図書室の中へと引き入れた。
「え、何、何!? 何なんだよ!」
困惑する相澤くんを準備室まで押し込み、俺たちは彼を包囲した。友人たちの目は、まさに鬼の形相だった。
「見損なった! 最低!」
「こんなことして、恥ずかしくないの!?」
愛ちゃんと神田さんの冷たい言葉が浴びせられる。梨花にいたっては、あまりの嫌悪感に肩を震わせて彼を睨みつけていた。相澤くんの顔は、完全な困惑に支配されている。
「相澤くん、悪いけどスマホを見せてもらっていい?」
俺は努めて冷静に話し、彼から差し出されたスマホを受け取った。
端末を手に取ると、あの卑劣なカメラの存在が脳裏にちらつき、指先が微かに震える。相澤くんに見えないように画面をスワイプし、起動していたアプリを確認した。
そこにあったのは――。
『Pokemon GO』
「……相澤くん、さっきまでスマホで何してたの?」
「え? ポケGOだよ。この辺りにレアモンが出るから捕まえに来たんだよ。あと少しで捕まえられそうだったのに……」
相澤くんの目に嘘はない。元警察官としての直感が、彼はシロだと告げていた。
「えっ……また悪いことしようとしたんじゃないの?」
美桜が拍子抜けしたように問い詰める。
「いやいや、悪いことって何だよ! 部活終わったから、帰る前にゲームしてただけだって!」
「……紛らわしいよ!」
「何がだよ!」
相澤くんと美桜が言い合っている、その時だった。
キュッキュッキュッ!
ドアの向こうから、何者かが立ち去る足音が聞こえた。
しまった。俺はドアを睨みつける。飛び出したい衝動に駆られたが、俺の心臓では全力疾走で追いかけるのは自殺行為だ。
その瞬間、俺の動きを察した愛ちゃんが、制止するように俺の手を一度強く握った。
「朱音ちゃんはここで待ってて!」
愛ちゃんはそのまま脱兎の如くドアへ向かい、廊下の先へと駆け抜けていった。
「1人じゃ危ないよ。神田さん、美桜も一緒にお願い!」
俺が2人の顔を見据えて叫ぶと、彼女たちは力強く頷き、弾かれたように愛ちゃんの後を追って廊下へ飛び出していった。
バタバタと遠ざかる3人の足音。図書室の準備室には、呆然と立ち尽くす相澤くんと、不安げに俺の袖を掴む梨花、そして俺の3人だけが残された。




