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第44話 光の死角に潜む悪意

 神田さんが、俺たちがさっきまで座っていた机の下をじっと見つめている。みんなも釣られるように視線を落とした。


「……誰かの忘れ物かな?」


 愛ちゃんが不思議そうに呟く。視線の先には、机の下のコンセント部分に刺さった黒い箱型の物体があった。図書室はスマホの使用が禁止されている。充電アダプターがここにあるはずはなかった。

 みんながその物体を覗き込む中、俺の胸の中にざらりとした嫌な予感が広がる。


「誰のだろう」


 愛ちゃんが机の下に潜り込み、コンセントに向かって手を伸ばそうとした。だが、俺はその物体の前面に、虹色に光る小さなガラス玉の反射を見逃さなかった。


「ちょっと待って!」


 私は愛ちゃんを制止し、確信を持ってカバンからハンカチを取り出した。


 慎重に近づいて検分する。それは一見、ありふれたUSB出し口が1箇所ある充電アダプターだった。だが側面はテープで厳重に巻かれ、コンセントに差し込むプラグ部分は角度が変えられる可動式になっている。

 そしてUSB出し口には虹色に光る瞳がこっちを見ている。


 その向きは、ちょうど椅子に座ろうとした時――スカート内が映る位置だった。


 隠しカメラだ。間違いない。


 嫌な汗が背中を流れる。よりによって神聖な学校内で、俺たちの平穏な生活に土足で踏み込むような真似を。卑劣な悪意への怒りが、静かに、しかし激しく湧き上がってくる。


「朱音、どうしたの?」


 美桜が心配そうに机の下に潜り込んできた。俺の隣で一緒にカメラを覗き込む。


「充電器?」

「ううん、多分……隠しカメラ」


 美桜が息を呑む音が聞こえた。俺はハンカチで包むようにしてカメラを引き抜き、机の上に置いた。


「え、カメラって……なんでこんなところにあるの?」


 梨花は事態が飲み込めず、困惑した顔で聞いてくる。対照的に、愛ちゃんは驚愕で顔を強張らせていた。


「……嘘でしょ。これ、私たちのこと撮ってたの? ずっと?」

「多分、角度的にスカートの中を映していたんだと思う」

「えぇっ……!」


 私が告げた瞬間、梨花が短い悲鳴を上げて自分のスカートを強く抑え込んだ。


「きもちわるい……。誰がこんなこと……。ねえ、私たちが笑って話してる間、誰かがこれを見てたってこと?」


 愛ちゃんが吐き捨てるように言い、肩を震わせる。その瞳には涙と、逃げ場のない場所を侵された激しい憤りが浮かんでいた。梨花は真っ青な顔で立ち尽くし、神田さんは怒りで拳を握りしめている。


「許せない……。私たちのこと、なんだと思ってるの」


 友人たちの尊厳が踏みにじられた光景を目の当たりにし、俺の警察官としての本能が熱く昂ぶる。

 だが、それと同時に冷徹な思考が警鐘を鳴らした。俺はカメラの巻かれたテープを慎重に取った。側面にある蓋をスライドさせ、マイクロSDカードを取り出した。自分のAndroidスマホに差し込もうとして、指が止まる。


 現場で証拠品を自分の端末に差し込むなど、本来なら言語道論だ。

 SDカードを読み込むと中身が書き換えられ、証拠としての完全性が失われる。法廷であれば弁護側にそこを突かれ、証拠能力を否定されかねない。元警察官として、この禁忌を犯すことへの生理的な抵抗が全身を駆け巡る。


 だが、今は鑑識を呼ぶことも、専用の解析機材を使うこともできない。一刻も早く犯人の手がかりを掴まなければいけない理由がある。


「……ごめん」


 誰にともなく呟き、俺はカードをスマホに差し込んだ。案の定、画面には『フォーマットしてください』という冷たい注意文が表示された。ファイルシステムを秘匿しているのか、あるいは専用の暗号化が施されているのか。


「……ダメ、中身はすぐには見られないみたい」


 俺は苦い舌打ちを堪え、スマホからカードを抜いた。

 だが、このままカードを抜いた状態でカメラを戻すわけにはいかない。最近のWi-Fiカメラは、ストレージの異常を検知すると即座にスマホへ通知を送る設定があるからだ。


 犯人に異常を知らせたくない。

 俺は自分のAndroidスマホのカバーを爪で引っ掛け、差し込まれていた自分用のマイクロSDカードを抜き取った。幸い、ほとんどデータが入っていない、中身は空のままだ。

 俺はその空のカードを、隠しカメラのスロットへと慎重に差し込んだ。


「朱音……? 自分のカード入れちゃって大丈夫なの?」


 美桜が不安げに覗き込んでくる。俺は彼女にだけ聞こえる小声で、生活安全課時代の癖を隠しながら答えた。


「大丈夫。犯人に、今カメラに気付いた動画をダウンロードされたくなくて……。後、カード入れたらカードが抜かれた表示は出ないと思って」


 本物の証拠が入ったカードは、ハンカチに包んで俺のポケットの奥深くへ。これで、物理的な証拠は完全に俺の手中にある。


「ねえ、それって盗撮だよね? すぐ先生に言おうよ!」


 神田さんが詰め寄ってくる。信頼を寄せて俺の回答を待つ彼女たちの目に、俺は言い淀んだ。


「……もし、先生の中に犯人がいたら?」


 みんなが驚愕の顔になる。

 放課後の図書室を管理し、こんな精巧な機材を設置できるのは、生徒よりも自由度の高い大人――つまり教師である可能性が極めて高い。警察官として見てきた数多の卑劣漢たちが、俺の脳裏をよぎる。


「どうするの、朱音……」


 美桜が俺の目を見つめる。

 俺はカメラの蓋部分に印字された小さな文字を凝視した。


『SSID: g100gt-ac』


 これはWi-Fi対応機だ。

 学校に公衆Wi-Fiはない。つまり、犯人は自分の端末でこれに接続し、動画を回収している。カメラにテープがぐるぐる巻きになっていることからも、SDカードを直接回収しているとは思えない。


 さらに末尾の『ac』。これは5GHz帯のアンテナであることを示している。

 5GHzは転送速度こそ早いが、遮蔽物に極端に弱く、到達距離も短い。同じ部屋か、あるいは壁一枚隔てた10数メートル以内にいなければ、接続を維持して動画を転送し続けることは不可能なはずだ。


「……犯人を捕まえたい」

「えっ、捕まえるって、どうやって……」

「カメラの存在がバレだと思えば、証拠を隠滅して逃げられちゃう。でも、今はまだ、こっちが気づいたことがバレてない。向こうが油断している今しか、チャンスはない……」


 Wi-Fi経由でデータを吸い上げているなら、スマホの中に動画データが入っているはずだ。スマホ内にあれば、インターネットを通じてどこにでも保管することができる。やはり、気付かれる前に捕まえたい。


 俺は自分のスマホのWi-Fi設定画面を開き、そこにWi-Fiの電波を探す。やはり、SSIDはステルスになって出てこない。海外製の悪意に満たされたカメラだ。


 友人たちの傷ついた心と、俺たちの居場所を汚した悪意。その代償を、きっちりと払わせてやる。


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