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memory  作者: 柊 しゅう
8/23

     八


 俺が入部してから最初の天体観測のチャンスが、四日目にしてやっときた。

 今日は雲一つない快晴で、天体観測に最適なんだそうだ。そういえば、最初に内田先輩を見かけたときも、こんな天気だった。

 準備の手を止めてベンチに座っていた内田先輩は、再び準備をし始めた。

 すると、様子を見に小林先生が訪れた。

「涼しいわね~」

 小林先生は両手を頭上にあげ伸びをすると、さっきまで内田先輩の座っていた俺の隣に腰を下ろした。

「先生、今日はありがとうございます」

「いいわよ。毎回他の先生に代わりに残ってもらうわけにもいかなかったし」

 内田先輩はさっき俺が買ってきたお菓子を小林先生に渡すと、準備が終わったことを告げた。

「飯島君は天体観測したことはあるの?」

「多分望遠鏡を使ってはしたことないです。キャンプで星を見る程度ならありますけど」

「じゃあ、今日が初めてってことね」

 小林先生は食べ終わったお菓子の袋を丁寧に折ると、ポケットにしまった。

 空が完全に暗くなると、裸眼でもわかるくらいに星が見え始めた。

 望遠鏡で星を観ると、裸眼で見るよりも多くの星が見れた。その光景は水槽の中を覗いているようだった。点々と輝いている星は自分の頭上にあるようには感じられず、自分が上から覗いているような感覚のほうが強かった。

「どう?綺麗でしょ」

「先輩が好きなのも、少しはわかります」

 俺が見終わると、次に内田先輩が見始めた。それが終わると小林先生も見始めた。

 どうやら小林先生も星が好きなようで、内田先輩と星座のことや、よくわからない星の名前を出して盛り上がっていた。

「そういえば内田さん。合宿の件、すべて通ったわよ」

「本当ですか!?ありがとうございます」

 合宿?なんのことだろう。そんな話は聞いていない。

「あの、合宿って何のことですか?」

「内田さんから来ていなかったの?」

 俺が首を横に振ると小林先生はため息をつき、横では内田先輩がニヤニヤしていた。

「実はね、合宿を計画していたのだよ!」

 内田先輩は胸を張ってそう告げた。

「聞いてないんですけど・・・」

「今初めて言ったからね!」

 内田先輩はどうだと言わんばかりのどや顔だった。

「日にちは?そもそもどこでやるんですか?」

「日程は夏休みの二日目から二泊、場所は近所のキャンプ場よ。そこなら野原もあって天体観測もできるわ。」

 小林先生は一通り当日のことについて説明してくれた。俺の知らないところで随分と話は進んでいたようだ。日程が合わなかったらどうするつもりだったのだろう。

「他にも声かけてあるから、もう何人か来るよ!」

 内田先輩はそう付け加えた。

「え?部活外の人を参加させていいんですか?」

「大勢のほうがいいでしょうし、荷物的に人手はあった方がいいわ」

「バーベキューもするよ!」

 この二人は合宿が楽しみでしょうがないようだった。

「ちなみに誰が来るんですか?」

「久地君に渡辺さんだったかしら?」

「あと、歩君!」

 歩も来るのか、それは少し面倒だな。さらに姉さんに色々漏れてしまう。

 内田先輩は、そろそろお開きにしようと言い片づけを始めた。俺と小林先生は望遠鏡以外の片づけをした。

 先生が屋上の鍵をかけると、そこで小林先生とはお別れをして内田先輩と俺は昇降口に向かった。

「皆よく予定合いましたね」

「頑張って合わせたからね!」

 聞くところによると、俺以外のメンバーはこの話は最初から聞いており、俺だけが聞かされていなかったようだ。

 夏休みまであと二週間を切っていた。さすがにほとんどのことには慣れてきて、この先輩にもやっと慣れてきた。この前に一緒に登校して以来、登下校はほとんど一緒だ。重いケースを俺が持って登校するためだ。下心は全くない。しかもそれは内田先輩が言い始めたことだ。

 帰りの電車の中、ケースを股の間に置き座って外を眺めていると、やけに内田先輩が静かだと思いそちらを見ると、内田先輩はすやすやと眠っていた。

 ふと、今日先輩に聞かれたストラップのことを思い出しポケットからそれを出すと、急に違和感が俺を襲った。

 俺は何かを忘れていた気がする。どんなことだろう。どれほど重要なことなのだろう。なぜ今そんな気がしているのだろう。

 しかし、こんなことはよくあることだろうと思い、眠くなり薄れていく意識の中考えることを放棄した。


「ちなみに、だれが調理をするんですか?」

夏休みに入った合宿前日、俺と内田先輩と暇な久地先輩で合宿の食材の買い出しに来ていた。

「え?テル君じゃないの?」

「・・・聞いてないです」

「歩君から料理得意だって聞いたけど?」

 あいつまた余計なことを言いやがったな

 一応、料理は一通りできる。親の帰りが遅くなることが多いために俺が作ることが多いからだ。ちなみに、姉は料理ができない。そこだけは姉には勝てていた。

「・・・わかりました。俺がやります」

「ありがと!」

 そんなやり取りをしていると、自分の買い物を済ました久地先輩が戻ってきた。

 会計が済むと久地先輩の提案で帰りにカフェに寄ることになった。買ったものが多いので久地先輩の車にそれを置いて、駅の近くのカフェに入った。

 カフェでは何気ない会話で盛り上がった。学校の友達の噂話や恋話が特に盛り上がった。内田先輩は人の恋話が好きなようで、クラスの友達が同じ部活の子と付き合った話なんかにはものすごい勢いで食いついていた。

「そういえば、飯島先輩は大学生活満喫してるのか?」

 久地先輩が飯島と言うときは、姉さんのことを話しているときだ。一応あの人も、俺が通っている高校の生徒だった。

「姉さんですか?多分、かなり楽しんでると思いますよ」

「え、テル君お姉ちゃんいたの!?」

「まあ、一応ダメなのがいます」

「あの大学受かっててダメってことはないだろう」

 やはり姉さんは外面は良かったらしく、久地先輩ですら姉さんの正体に気づいていないようだ。

 話は受験のことに移った。先輩たちはすでに大学受験のことについて授業で触れていて、久地先輩はすでに受験勉強を始めてもいるようだった。

「大学生になるとか想像できないよね。去年高校生になったばっかなのに」

「三年間はそれだけ短いってことだろ?多分来年には美月さんもあっという間だったっていうはず」

 一年の俺からすると、それこそついこの前に入学したばかりで大学受験のことなんてすこしも実感がない。先輩たちのこういう話を聞くと、実際よりも大人のような雰囲気を感じる。一年や二年だけの違いでも、自分より遥かに長い時間の経験を積んでいるように見える。

 前に母がこんなことを言っていたのを思い出す。子供の間は年上がものすごく大人に見えるのは、それだけ短い間で学べることが多いし成長が早いってことだ。逆に、大人になると少しの年の差では、自分より大人と感じることが極端に減るらしい。子供は大人になりたいとかよく言うが、人として成長していくには子供のままでいる方が随分と楽なんだそうだ。

 先輩たちが受験のことを考え、少し空気が悪い方向に変わりそうな雰囲気を感じたところで今日は解散となった。

 久地先輩はそのまま車で帰宅し、俺と内田先輩は登下校の時のように一緒に帰ることになった。

 電車の中は空いていたので、俺と内田先輩は座って明日のことを話していた。内田先輩は天体観測もバーベキューも楽しみらしく、明日のことに気持ちが高ぶっていた。

 駅から自宅に歩いていたとき、内田先輩は急に立ち止まった。

「今日はあのケース無くて楽だったね」

「そうですね。いつも大変なのは俺の方ですけど」

「じゃあさ、少し寄り道していかない?」

 内田先輩は俺の手を引くと、近所の公園まで引っ張っていった。

「帰って明日の準備とかしなくていいんですか?」

「・・・テル君、最近私に対して反応薄いよね?」

「何のことですか?」

 内田先輩は納得のいかないような顔をすると、ブランコに乗った。俺はその向かいにあるブランコを囲っている柵に腰を下ろした。

「テル君、天体観測したことあるかって来た時に言ってたキャンプって、家族で行ったやつなの?」

「いえ、確かここら辺の何かのイベントに参加したやつです」

 内田先輩はそれを聞くと難しい顔をした。

「それがどうかしたんですか?」

「ごめん、なんでもないよ!」

 そう答えると、ブランコから立ち上がり俺の横に腰を下ろした。

「飯島君は彼女とかいないの?」

 急にそんな質問をしてくると、内田先輩はよく見るニヤニヤ顔になった。さっきカフェでした恋話じゃ物足りなかったようだ。

「いないですよ」

「なんだ、つまらなーい」

 そもそも、俺にそんな経験はない。小さい時に誰かに告白したくらいだ。しかも、それさえもう誰に告白したかも覚えていないくらいだ。

「そういう先輩はどうなんですか?」

「私もいない!」

「人のこと言えないじゃないですか」」

「うるさーい」

 内田先輩は俺の肩を小突くと、またブランコに乗って漕ぎ始めた。まずい、角度的に見えてしまいそうだ。

 横を向いて見ないようにしていると、内田先輩は徐々に漕ぐスピードを弱らせていった。どうしたのかと思って、顔の向きを戻すと内田先輩は俯いて黙っていた。垂れた髪の隙間から見えている耳が赤くなっていた。前にもこんなことあったな。今回、俺は赤くならずにすんで少し勝った気がする。

「公園も高校生にもなるとそんなにやることないですね」

「そ、そうだね!」

「そろそろ帰りますか?」

 内田先輩は少し考えると、そうだねと返事をして公園から速足で出て行った。その後ろを追いかけると、追いついたときには赤面はもう戻っていた。


 帰宅すると、家には誰もいなかった。スマホを確認すると、姉さんから出かけるというメールが来ていた。虫よけスプレーを買っていなかったな。頼むか。

 俺は自分の部屋で明日の準備を始めた。着替えや懐中電灯、調理に使う小道具など持っていくものは意外と多くなってしまった。

俺の家からはキャンプ用品のほとんどを持っていくことになっている。借りると意外と金額が高くなるので、俺が小林先生に提案した。我が家は父と母が大のアウトドア好きで、キャンプ用品はかなりの数揃っている。それらは外の物置に置いてあるので、そっちの準備を始めることにした。

物置からテントやらバーベキューセットを出していると、小さめの段ボールが端っこに置いてあるのに気づいた。気になって開けてみると、中にはアルバムが入っていた。

中には俺が幼稚園児の頃の写真や生まれたときの写真があった。それに小学校の工作で作ったと思われる作品まであった。

特に思い出にふけることなくそれを仕舞おうとすると、箱の隅に小さな丸い木の塊があった。それは俺のものではないが、どこかで見たことがある気がした。姉さんのものだろうか。

「なにしてるの?」

 振り向くと姉さんが立っていた。片手には近所にある本屋の袋と、虫よけスプレーの入ったコンビニの袋があった

「明日の合宿の準備。姉さんは本買いに行ってたの?」

「まあね。手伝う?」

「もう終わるしいいよ」

 姉さんはそれを聞くと家に入って酒を飲み始めた。ここからはリビングのソファに横たわっている姉さんが窓から見える。

 物置から出して散らかったものを戻すと、俺もリビングでくつろぐことにした。ふと、ポケットの中に異物を感じた。さっきの木の塊だ。ポケットに入れてしまっていたようだ。

「姉さん。これ、何かわかる?」

「ん?」

 姉さんはソファから首だけこちらに反らせてこちらを見た。前髪が垂れて綺麗なおでこが丸見えだ。

「えっ」

 驚いたような声を出すと、姉さんは体を起こして近づいてきた。少し焦った顔をしている。

「それ、物置にあったの?」

「そうだけど。これ姉さんのやつ?」

「え、ああ・・・そうだったと思う」

 姉さんが若干取り乱している。珍しい。これは恥ずかしい思い出か何かなのだろうか。

「これって何なの?」

「・・・別にたいしたものじゃないわよ」

 姉さんはそう言うと、俺から木の塊を手渡されると二階に上がっていった。部屋のドアを閉めるでかい音がすると、そこからは物音が一切聞こえなくなった。


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