6
六
最近、歩は部活の朝練に参加し始め一緒に登校していない。サッカー部は朝練が自主参加らしく、。歩は部活でできた友達と参加し始めるらしい。
それに、歩は部活の友達と一緒に帰宅するので、帰りも一人だ。部活がない日は一緒に帰っている。
今日は歩を待つ必要がなく、このペースで歩いていれば一本早い電車に乗れる。やっぱりギリギリに登校するよりも、余裕があった方がいい。
駅までの道を歩いていると、十字路の横からあのケースを背負った内田先輩が現れた。
「あ、テル君おはよう!」
「お、おはようございます」
なぜかいきなり名前で呼ばれて驚いてしまった。
「昨日まで苗字呼びだったのに」
「お、気づいたか!」
「そりゃあ、気づきますよ」
内田先輩は照れた後に、背負っているケースがずり落ちてきたのを直し歩き始めた。
「先輩、それ持ちましょうか?」
「え、いいの!?」
ケースを受け取ると、先輩は代わりに俺のバッグを持つと言って俺のバックを背負い、自分のバッグを肩にかけた。
「わざわざ毎日これを持っていくんですか?」
「いつ天気よくなるかわかんないし、綺麗に見える日は逃したくないんだよね」
だとしても、こんな重いもの女子が毎日持って登校するのは大変だろうに。
電車に乗ると、朝の通勤ラッシュで俺と内田先輩はドア際に押し付けられるように立っていた。降りる駅は反対側が開くので何とかして反対側に行きたいが、内田先輩が行けそうにないのでじっとしているしかなかった。
降りる駅に着いた。何人かは降りるようだが、それでも反対側に行くのは大変そうだった。内田先輩は俺の後ろで、人の間を通るのに苦労している。
先に降りられた俺は、電車の中の内田先輩を探した。ドアから手だけが出ているのが見えた。その瞬間、ドアの閉まる音が聞こえた。
「先輩!」内田先輩の手を引っ張る。
間一髪で内田先輩は降りることができた。
「あ、ありがと」
「・・・危なかったですね」
「そうだね・・・あの、手。これ、ちょっと恥ずかしいかも・・・」
まだ手を握っていたことに気づいた俺は、とっさに手を離した。
「す、すいません」
内田先輩は下を向いている。垂れた髪の隙間から見えた耳が赤くなっている。それを見て、俺も少しずつ顔に赤みを帯びていくのを感じた。
その後は特に会話もなく、俺は天文部の部室までケースを持っていった。今日はこの教室は授業で使う予定がないらしく、荷物が置いておけるらしい。
荷物を置いた俺は、次が教室移動で少しホームルームの教室から遠く、そのまま移動先の教室に直行した。
教室に入るとともに始業のチャイムが始まり、急いで席に着いた。
「どうした?珍しくギリギリじゃんか」
隣に座っている歩は、さりげなく俺の筆箱からシャーペンを取り出し、使い始めた。
「まあな。お前、今度は筆箱か」
授業は坦々と進み、一時間目は終わった。
ホームルームの教室に戻る途中、歩は朝練の愚痴をこぼしていた。
「そういや久地先輩から聞いたけど、昨日天文部に遊びに行ったんだって?」
「ああ、それがどうした」
「いいなーって。今日は行かないの?」
「今のところは、その予定はないけど・・・」
「じゃあ、俺も行きたいから、行こうぜ!」
まあ、ケースのこともあるし、手伝いに行こうかどうか悩んでいたところだし。
「いいよ」
歩は俺の返事に喜び、教室の中に入っていった。
放課後、二日連続にして、一日に二度目の天文部に訪れた。
「二日連続来るなんて、もしかしてハマちゃったかな?ここで遊ぶの」
内田先輩は、パイプ椅子とテーブルを移動させていた。
俺たちはそれを手伝い遊ぶのにちょうどいいように配置し、先輩に頼まれて、今日飲み食いするお菓子とジュースを近所のコンビニまで行って買ってきた。
コンビニから戻ったころには渡辺先輩が来ており、四人で暇をつぶし始めた。
トランプが人気で、神経衰弱、ババ抜き、大富豪など様々なルールで遊んだ。今はダウトというルールで遊んでいる。
「今日は、久地先輩は来ないんですか?」
「久地先輩はバイトだってよ。六!」
「大変だねー。まあ、私もバイトはしてるんだけどね。はい、七」
まずい、手元に八のカードがない。
「・・・八です。」
俺の次である内田先輩がこっちを見ている気がする。なるべく目を合わせないように、自分の手札を整理するふりをしていた。
「九!・・・そういえば新井君は飯島君と同じ中学なんだっけ」
「歩でいいですよ!そうですね。あの頃から久地先輩とこいつとよく遊んでたんですよ。はい十」
あの歩のにやけ顔、あれダウトだな。
「それ—―」
「歩君それダウトね」
・・・内田先輩に先を越された。少し悔しい。しかも、ニヤニヤしてこっち見てくるから余計悔しい。
「バレたか!五枚はキツイです・・・」
「はい十一」
またない。しかし一枚だけのペナルティならまだマシか。
「・・・十二です」
「はいテル君それダウト!」
内田先輩にやられるとやっぱり悔しいな。今のところ、俺からの内田先輩へのダウトの宣告もすべて外してしまっている。
その後も俺はダウトを当てられ、俺は外し、歩は手札が増えていき。渡辺先輩が上がったところでキリがいいので終わることにした。ダウトって最後の方になると手札の数が多すぎだし、いつ終わりにすればいいんだろう。
「そろそろ帰る?」
「じゃあ、教室の鍵、有彩返してきて」
「しょうがないなー。じゃあ飯島君も来てよ」
「え、わかりました」
わざわざ二人で行く必要があるのかと思いながら、渡辺先輩の後ろをついていき。残りの二人は先に昇降口に向かった。
職員室で鍵を返し昇降口に向かっている途中、渡辺先輩はそこまで閉じていた口を開けた。
「飯島君・・あ、私もテル君って呼んでいい?」
「いいですよ」
「テル君は、なんで天文部に入ってくれないの?」
「・・・・実は、よくわかってないんです」
「美月のこと嫌いなわけではないのでしょ?」
もちろん、そんなことはない。むしろ段々と、先輩としての好意は生まれてきている。
「君は、よくある廃部を避けるための勧誘だと思ったかい?」
俺は首を振った。おそらく、そういうよくあるパターンではないだろう。
そもそもこの高校は、二年連続で四人以上いなかった場合廃部になる。これは内田先輩には関係がない話だ。廃部になるころには先輩は卒業しているからだ。それに、もし廃部を阻止するためなら、一年に対する部活動紹介に参加するはずだ。
「・・・美月はね、この前テル君に星の話をしたとき、テル君が嫌がらず最後まで聞いてくれたこと、すごい喜んでた」
「・・・そうだったんですか」
「テル君は、理由があれば入ってくれる?」
「え?」
そう聞かれるとそうだ。今まで入部する気になれなかったのは、よくわからない理由のためだ。逆を言えば、それしか理由はない。そのよくわからない程度の理由を上回る理由があれば、入部するのに十分なのかもしれない。
「・・・そうかもしれません。でも、その理由が見つけられないです」
暇をつぶすという理由なら部活である必要はない。むしろ暇な時間を減らすことだってある。星にはもちろん関心はない。
「じゃあ、その自分でも分からないものの正体を知るためにってのはどうだ?」
「そんな屁理屈みたいな・・・」
「でも、入部した方が接する機会が多くあるし、近くで接してられるし、かわいい先輩と一緒にいれていいじゃないか」
最後は余計な気はするが・・・そうだな。もしかしたら、ありなのかもしれない。最初から感じてた内田先輩の懐かしさ、心にある引っかかりの正体を暴くのにもちょうどいいかもしれない。これを暴くのは自分にとって、とても重要な気が不思議としてきた。それに、今までは奇妙で無視したい気になっていたが、ここまで関わりを持ったならこのままではよくない。
「・・・わかりました。入部します」
「それは、良かった!」渡辺先輩は俺の肩に手をかけた
「でも、それは私に言うより美月に言うべきでしょ」
渡辺先輩は微笑み、俺の体を百八十度回転させた。
回転させられて向いた方向には、曲がり角の陰から覗いている内田先輩と歩がいた。
「テル君・・・ありがと!」
内田先輩は喜びのあまり飛びついてきた。
「ちょ、先輩!やめてください」
「ごめんごめん」
どうしよう、もう若干後悔し始めている。
「でも本当に、ありがとね」
内田先輩はニヤニヤした笑顔ではなく、月明かりに照らされた綺麗な笑顔を見せていた。
ふと、その笑顔にあの懐かしさをまた感じた。




