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十二
合宿が終わってから四週間経ったころ、俺は宿題も終わり昼食をすませ、ソファで横になり休んでいた。
久地先輩と歩のことを聞こうと思ったが、なかなか聞けずにいる。
テレビをつける気も起きなく天井を眺めてぼーっとしていると、一通のメールが来た。
【今日暇かな?】
それは内田先輩からのメールだった。
【特に予定はないですけど】
【よかったら、夏祭り行かない?】
【どこのですか?】
【電車で何駅か行ったところの駅前でやってるみたいで、久地先輩と歩君も今そこにいるみたいなんだよね】
【いいですよ。行きましょう】
【じゃあ、二時にあの十字路で待ち合わせね!】
正直、このままソファで横になっていたいのはあるが、実際に予定も無いのに断るのは申し訳なさがある。俺は重い体を動かし服を着替え、財布とスマホだけを持ち少し早いが家を出た。
家を出て例の十字路まで行くと、内田先輩もすでに着いていた。
「あ、テル君早いね!」
内田先輩は俺に気づくと、カタカタと音を鳴らして駆け寄ってきた。
「こんにちは。先輩こそ早いですね。あと、その恰好・・・」
「ど、どう?似合ってる?」
くるりと一周しながらそう言った内田先輩は、浴衣姿だった。水色に花の柄のあるその浴衣は子供っぽいにも関わらず、すごく綺麗に見えた。
「・・・いいんじゃないですか」
「そ、それだけ?」
「もっと何か言ったほうがいいですか」
「いや、恥ずかしいからいいかも・・・」
若干顔が赤くなった気がする内田先輩は、俺に背中を向けると歩き始めた。
電車に乗り目的の駅に着くと、ホームまで太鼓の音が聞こえてきた。駅名を見ると、ここは姉の通っている大学の最寄り駅だった。姉も今日はここに来ているのだろうか。
「音すごいね。おなかにまで音が響いてくるよ」
駅から出ると、正面に広いステージがあり、そこで太鼓の演奏をしていた。炎天下の中激しく太鼓を叩いている演奏者たちはここから見てわかるくらいに汗だくになっている。
「なにか食べる?」
「あ、昼食べちゃったんです」
「私も。じゃあ、適当に歩いて遊ぼうか。私射的やりたい!」
人混みに入っていき屋台が並んでいる通りを歩くと、射的の屋台はすぐに見つかった。景品はよくある子供だましのおもちゃから、ぬいぐるみ、お菓子、子供が全員欲しがるゲーム機が置いてあった。
「あのゲーム機欲しい!」
「落とせるわけないですよあんなの」
「二人同時に狙えば行けるんじゃない?」
「そんなずるい技いいんですか」
内田先輩がそんなことを言っていると、屋台のおっちゃんが落ちないことが分かっているような風にやってみろと言ってきて、二人分のお金をそのおっちゃんに渡して、コルク弾を合計十個買った。
「いい?いっせーの、で撃つんだよ?」
「わかりましたよ」
内田先輩は本気で落とす気のようだ。一発目を撃つと、案の定ゲーム機の箱は微動だにもせず、おっちゃんのどや顔を見るだけとなった。
「次は右上を一緒に狙おう!」
内田先輩は悔しかったらしく、本格的に策を練り始めた。
「いくよ。いっせーのっ!」
二発目が同時に飛んでいく。上手い具合に右上の角の方に二発当たると、箱が少し傾いた。その瞬間おっちゃんの表情が一変し、驚愕の表情になっていた。箱は倒れはせず元に戻っていたがさっきと違い右上の角が奥にずれている。
「いけるんじゃない!?」
「まじか・・・」
おれも驚いている。まさかこれだけで傾かせることができるなんて。
「次行こ!」
三発目は内田先輩が外し、箱は微動だにしなかった。四発目は逆に俺が外してしまい、同じ結果になった。
「最後か・・・」
「大丈夫当たるよ!」
いつの間にかに周りには、俺と内田先輩の勝利を見るべく子供たちが集まっていた。
最後の一発を銃に込めて構えると、変に緊張してきた。内田先輩も同じらしく、頬を汗が垂れていっていた。
「いくよ・・・いっせーの!」
それぞれ最後のコルク弾が、同時に飛んでいく。タイミングも位置も問題ない。
二つのコルク弾が箱の一番角に同時に命中すると、箱が傾いた。しかし、最初の時ほど大きくは傾かなかった。
「なんで!?」
実は、箱が最初の一発でずれたときに、正面がこちらを向いていなくなり、そのせいで当たっても上手く力が加わらなかったのだ。
おっちゃんは安心した顔をすると、残念賞にアメを二つ渡してきた。
「残念でしたね」
「悔しい・・・」
内田先輩は本当に悔しかったらしく、もらったアメをおれにくれた。
「有彩先輩はいつ合流するんですか?」
「待って。いまスマホ確認する・・・射的やってる間にメール来てたみたい。もうすぐ着くって」
内田先輩はスマホの画面を操作しながら喋っていると、内田先輩の後ろから四人組の男が歩いてきた。内田先輩にぶつかりそうになり、俺はとっさに肩を掴んで抱き寄せた。
「え、あ、ありがと?」
「・・・すいません。とっさの判断でこんなことになって」
「大丈夫。いや、大丈夫じゃない恥ずかしい」
内田先輩はゆっくり俺から離れると、下を向いたまま顔を合わせてくれない。耳が赤くなっているのは見えた。
「・・・あのさ、有彩がなにか食べるものお買っておいてだって」
「じゃあ、いろいろ買いますか」
顔をこちらに見せないまま歩き始めた内田先輩は、まず近くのたこ焼きから買おうといった。
そのあともいくつか食べるものを揃えて、通りから少し外れた路地のベンチに腰を下ろした。
「そういえば、歩と久地先輩は合流しないんですか?」
「あの二人は別の人と来てるみたい」
だから俺は呼ばれていなかったのか。少しだけ安心した。
「すいません。ちょっとトイレに行ってきます」
「ついでに有彩を駅まで迎えに行ってあげてくれない?」
「わかりました」
駅まで戻って駅構内のトイレで用をすまし改札前で待っていると、高校指定のジャージ姿の渡辺先輩がホームから下って来るのがここから見えた。渡辺先輩を呼びながら手を挙げると、渡辺先輩はすぐに気づき小走りで駆け寄ってきた。
「部活お疲れ様です」
「ありがと」
俺は何気なくいつも内田先輩のケースを持つように、渡辺先輩の持っている部活のバッグに手を伸ばした。
「持ってくれるの?」
「重そうだったので」
渡辺先輩は一瞬躊躇ってから、バッグを俺に渡した。
内田先輩の待っているベンチまで戻ろうとする途中、射的屋での出来事を話した。渡辺先輩はそれを笑いながら聞いていた。
「私も参加していたら倒れたかな?」
「どうでしょう。多分、あの箱はされていたと思いますよ」
「中に重りでも入っていたり?」
「釘が打ってあったかもしれませんよ?」
「まさか」
そんな冗談を言っていると、内田先輩が待っているベンチが見えてきた。
「内田先輩あそこに見えますよ」
「うん」
渡辺先輩は返事だけすると、俺が持っていたバッグのベルトを掴んだ。
「ありがと」
それだけ言うと、バッグを自分の肩にかけて内田先輩の下に歩いて行った。
三人で買っておいた食べ物を食べ終わると、花火が打ちあがる時間まで少ししかないことに気づき、いそいで近くの川に向かった。
川には大勢の人がいて、座れるところはなかった。しょうがなく、ガードレールに腰かけてみることにした。
「有彩も浴衣着ればよかったのに」
「部活後だから仕方ないでしょ。なに、嫌味だったの?」
「ごめんごめん。それでも来てくれる有彩が大好きだよ」
二人の世界を作り始めた内田先輩と渡辺先輩は、互いに腕を組み、俺にお構いなしにいちゃつき始めた。
「テル君も反対側の手に抱きついてもいいんだよ?」
「えっ?」
内田先輩が冗談交じりにそんなこと江尾言うと、渡辺先輩は少し驚いたような顔をして珍しく赤くなっていた。それを見た内田先輩も、声には出さずとも同じような驚いた顔をしていた。
「有彩・・・」
「・・・抱きつきませんよ。先輩みたいに子供じゃないですし」
「そ、そうだね」
渡辺先輩は小さな声でそう言うと、すぐに別の話題を引っ張ってきた。会話は盛り上がり、さっきの気まずい空気はすぐになくなった。
花火が打ちあがり始めると、三人とも首が痛くなるくらい上を向いて黙って見ていた。たまに見る内田先輩と渡辺先輩の横顔は花火に照らされて、ほんのりと赤くなっていた。
花火が終わり帰ろうとしたときに、久地先輩と歩が歩道橋の上にいるのが見えた。声をかけようかと思い、内田先輩と渡辺先輩に待っててもらうよう言ってから、歩道橋に近づこうとした。
二人の姿がはっきり見えるところまで近づく、二人がこちらに背を向け誰かと話しているのが見えた。誰だろうと思いさらに近づくと、そこには姉さんの姿があった。
なぜ、姉さんが二人といるのだろうと疑問に思いながら、三人の声が聞こえるくらいまで」近づいた。
「もしテルが全部知ったらどうするつもりなんです?」
「そうしないために私は頑張っているのよ」
「でも、これは本人が悩むべきものだと思いますよ」
「でも・・・」
「テルの初恋相手がそんなに憎いですか?」
久地先輩は何を言っている?俺の初恋相手がなんだって?全然話が読めない。
歩道橋の下まで近づき階段を上ると、歩と目が合った。歩は反応せずにそのまま姉さんの方を見ると、大きな声で話し始めた。
「内田先輩が小さい頃にテルを振って傷つけたからって、そんなに心配することですか?」
・・・は?
「あなたにそこまで保護されたいなんて、テルは思ってないですよ。なあ、そうだろ?」
歩こっちを向いた。姉さんも振り返ると、驚いた顔をした
「な、なんでここにいるの!?」
「・・・先輩たちと遊びに来て」
姉さんは固まったまま何も言わない。
「久地先輩がそんな姉さんの前に立った。
「飯島先輩、話してもいいんじゃないですか?」
「久地先輩、さっきから何の話をしているんですか!?」
久地先輩は黙ったまま姉さんを見つめている。
「・・・帰ったら全部話すから」
しばらく黙っていた姉さんは、俺の前まで歩いてくると、俺の頭に手を置きそう言った。その時、姉さんは今までにないくらいに頼りない、悲しい顔をしていた。




