17 悪魔との約束
「ローズを出し抜く作戦、できたよ」
教室に誰もいないことを確認してから、モルディオはセヴィスの前の席に座った。
「こっちに夢中になりすぎて、教官に怒られる羽目になったけど」
いくら授業時間を利用したとは言え、早すぎる。
ローズはそんなに甘く出し抜けるのだろうか。
それともモルディオの頭がずば抜けているのか。
できれば後者であってほしい。
そもそもどうしてこいつがフレグランスの活動に携わっているのだろう。
文句を言っても口では勝てない気がしたので、セヴィスは黙ってモルディオの作戦を聞いていた。
「こんな感じなんだけど、次狙うものとか決まってるの?」
学園で堂々と聞くなと言いかけて、飲み込む。
モルディオのことだ。
誰にも聞かれない時間を分かって聞いているに違いない。
「今のところシンクの依頼はないけどな……」
セヴィスが言葉を詰まらせたので、モルディオは答えを待つように首を傾げる。
「個人的に盗む予定の『宝石』はある。ただ、場所があれだ」
と言ってセヴィスは窓から見える美術館を親指で指した。
「美術館は総攻撃で入ったんじゃなかったっけ」
「総攻撃で祓魔師が焦ってたあの時とは違う。美術館に関しては一応大分前から下調べはしてきたけどな、今回はローズの手が回ってくる」
「ダイヤモンドも美術館だよ」
確かにそうだが、セヴィスにはやはりダイヤモンドを盗む意義が分からない。
その為ダイヤモンドに関しては無理をして盗もうという意欲も沸かない。
モルディオは盗んでもらう気満々のようだが。
「じゃあ個人的に盗む予定の『宝石』って何?」
「ロザリアと約束したんだ。レンにまた会わせるって」
「どういうこと? 二人とも総攻撃で死んだって聞いたけど」
モルディオは総攻撃に参加していない。
今から説明しないといけないと思うと、やはり面倒だ。
「ロザリアはミルフィの中にいるんだ」
「ああ、そういえばそうだったね。でも何でレンが出てくるのかよく分からないよ」
彼はロザリアとレンの顔も知らない。
当然ロザリアとレンの関係など知る由もない。
だが、レンの顔を知らないのはセヴィスも同じだ。
知っているのは声とシンクに聞いたことぐらいだ。
「総攻撃でレンを倒したのはシンクだった。でもあいつはまずそうとか言って、道端に捨ててきたんだ。だからレンの『宝石』は今美術館にある」
「それじゃどれがレンの『宝石』か、分からないと思うけど」
「総攻撃で見つかった青い『宝石』は一つで、シンクはレンの『宝石』が青だって言ってたんだ。間違いない」
モルディオは少しの間考え込み、机に肘をついた。
「ロザリアとレンの関係はなんとなく分かったよ。で、どういうわけかS級が悪魔との約束を果たす為に、それを盗み出す予定だったってことだね。いつの間にそんな約束したの?」
「前にミルフィと教会を出た時に、ロザリアが身体を乗っ取って言ったんだ」
この約束をする羽目になったのは総攻撃の時だが、ここでそのことを言う必要はない。
このことを知っているのはチェルシーだけだ。
「へぇ、やっぱりミルフィと教会を出た時にいろんなことがあったみたいだね。一体何があったの?」
言えない。
最近会ったばかりの彼女にキスされて、それに応じたなんて。
あの時身体中を走った奇妙な悦楽と熱は何だったのだろう。
あれのせいで、抵抗もできなかった。
とりあえずモルディオが能力を使わなくてよかった、とセヴィスは今更安堵した。
「言いたくないならいいよ。で、いつ盗るの? 万が一トーナメントで怪我することを考えたら、早めの方がいいんじゃない?」
「トーナメントの怪我も踏まえるんだったら、今日しかないだろ」
「あの」
突然高い声が教室に響き渡った。
声がしたのは扉の方だ。
見ると、小柄な女子生徒が立っている。
年齢を疑う程の小柄で、男祓魔師最小のモルディオより頭一つ分小さい。
男と比べるのもどうかと思うが。
「何? フォルテ」
モルディオは席を立ち、女子生徒フォルテのいる扉の方へ向かう。
幸い、会話は聞かれていなかったようだ。
「候補生役員の紙が一枚も提出されてないんです。おかげでケイト教官に怒られました。あれってあなたが預かってましたよね」
セヴィスはフォルテの態度に首を傾げる。
不自然だ。
言葉では怒っているが、表情はどこか申し訳なさそうだ。
演技、それも相当レベルの低いものに見える。
それにこんな文句を言ってくる女子生徒が生徒会にいたなら、今頃モルディオがささやかな嫌がらせをしているだろう。
「何のこと? 役員の紙ならとっくに提出したよ」
モルディオは唇を尖らせる。
「嘘をつかないでください。あなたのせいで、成績も下げられました」
「別に嘘はついてないよ。大体、僕のミスで君の成績が下がるなんてありえないよ」
「でも教官がそう言ったんです。そんなに一番でいたいんですか」
「誰もそんなこと言ってないんだけど。何なら確かめて来ようか?」
だんだんと険悪な雰囲気が立ち込めてきた。
セヴィスが目のやり場に困っていると、どこから入ってきたのか、視界にチェルシーが立ちふさがった。
「グレイ様が呼んでるよ」
「どうして?」
「分かんない」
セヴィスは渋々席を立ち、チェルシーについて行く。
「これ以上僕に濡れ衣を着せたら、墓場に葬るから」
教室を出る際、モルディオの冗談に聞こえない冗談が聞こえた。
どうやら、フォルテは濡れ衣を着せようとしていたらしい。
何の為にそんなことをしたのだろう。
チェルシーが向かうのはやはり三階の生徒会室だ。
いつも女子の黄色い声で騒がしい場所だが、今日は全く聞こえない。
「入って」
どうやらチェルシーは中に入らないらしい。
グレイは一体何を考えているのだろう。
「よう、S級!」
扉を開けると、グレイが親しい友人に会ったかのように挨拶してきた。
グレイはソファーに足を組んで座っていて、見ているだけでどことなく不快だ。
「そんなぶすっとしてねーで……って元々そんな顔か。ったく、挨拶ぐらい返せよ、俺様は先輩だぞ?」
シュヴァルツといいグレイといい、クロエが死んでから会うのは腹の立つ人間ばかりだ。
特にグレイは、自分と声が似ていると噂されているので余計に腹が立つ。




