18 電気ウナギ、悪夢の予兆
「何の用だ」
「そりゃあ挨拶に決まってんだろ。明日からトーナメントが始まるんだぜ? 俺様初出場だからテンション上がってんだよ」
その為だけにわざわざ呼び出したのだろうか。
セヴィスが返答に困っていると、グレイはソファーに置いてあったバッグに手を突っ込む。
中から出てきたのは大量のぬいぐるみだった。
しかも全部細長いパンのような形だ。
「これ全部ゲーセンで取ってきたんだ。すげーだろ?」
グレイは取り出したぬいぐるみを膝の上に置き、その中から紫色のぬいぐるみを取った。
グレイが取ったものは、他のものと違って、稲妻の形をした黄色のフェルトがぶらさがっている。
さらに腹には水色で『S』と書いてある。
どうやら、このぬいぐるみはセヴィスをモチーフにして作られたものらしい。
「見ろよこれ、電気ウナギだぜ? しかもこんな紫色のウナギなんて存在しねーよな? 腹に『S』って書いてあるし、作った奴らの悪意満載だぜ」
「……」
「ほら、プレゼントしてやるよ」
グレイはぬいぐるみを投げてきた。
セヴィスがそれを掴むと、間抜けな顔をしたぬいぐるみの口から赤色の綿が出てきた。
これは、吐血しているのだろうか。
「うわっきったねー! てめえが思いっきり掴むから、血反吐が出ちまったじゃねーか! あっ、もしかしてこれ、総攻撃でロザリアにやられた時のやつか? 吐血機能付きとかマジでウケるぜ」
何がおかしいのか、グレイは腹を抱えて笑っている。
すぐにセヴィスはぬいぐるみをグレイに投げつける。
「うおっ、と……何すんだよ、せっかくのプレゼントなんだぞ」
「そんなものいらない。あと俺はロザリア戦で吐血してない」
「何だよつれねーな!」
そう言ってグレイは、両手でほとんどのぬいぐるみを掴んで投げてきた。
これだけの数だとさすがに全部取ることはできない。
ぬいぐるみだから当たっても大したことはないだろう、とセヴィスは取ることを諦めた。
すると、いくつかのぬいぐるみが自分のブレザーとズボンにくっついた。
しかもズボンについた方は妙にチクチクして気持ち悪い。
「これくっつきウナギってやつなんだぜ。おもしれーだろ?」
グレイは再び腹を抱えて笑っている。
「このクソ野郎が」
憤りを覚えたセヴィスはぬいぐるみを思い切りグレイに叩きつけた。
ぬいぐるみはグレイの膝の上で弾み、天井にぶつかって地面に落ちた。
「おい、てめーが投げたら危ねーじゃねーか!」
グレイの声を背に、セヴィスは無言で部屋を出た。
***
「じゃあ教官に確認を取ってくるから」
「待ってください!」
フォルテは抱きつくように、教室を出ようとしたモルディオを止めた。
「ごめんなさい、全部嘘です。先輩にどうしても想いを伝えたくて」
「その為にわざわざチェルシーに頼んで、邪魔なS級をどかしてもらったってこと? 意味が分からないよ」
「そうやって罵る時の先輩が好きなんです。もっと罵ってください」
「……は? 罵ってほしいの?」
「先輩、好きです……」
そう言ってフォルテは目を閉じる。
「何? その顔。僕に何をしてほしいわけ?」
「……してください」
「ふーん、キスだけでいいの?」
予想を遥かに上回る一言に、フォルテは目を見開く。
気がつくと距離を詰められていて、頬を優しい手つきで撫でられていた。
「えっ、ちょっと」
「これが君の望むこと、だよね?」
優しく愛撫していた右手が、突然フォルテの顔を掴み、口を覆った。
そのまま頬に強く力を籠められる。
「いたっ! いたいっ!」
フォルテは両手を使って抵抗する。
「こっちの方がいいんじゃない。君の顔」
モルディオが力を緩めて、やっと片手の拘束から解放された。
そんなフォルテの顔を、モルディオは容赦なく平手で叩いた。
「もう下手な演技はやめたら?」
フォルテは赤くなった頬を手で触り、鋭い視線で睨みつける。
この上ない屈辱を味わったような表情だ。
「何を思ってこんなことをしたのか知らないけど、グレイの差し金だってことはもう分かってたよ。これ以上変なことしたら、大会でグレイがいたぶられるだけだよ」
「先輩にも分からないようじゃ、今年のS級はグレイ様ですね」
現実味のない一言を残し、フォルテは走り去った。
***
クリムゾン・スターに客がいなくなった頃。
シンクは店番をアルジオに任せ、奥の部屋でミルフィとテレビを見ていた。
ここは元々シンクが一人で食事を取ったりする部屋だったが、現在はミルフィを匿う部屋になっている。
「ったく、あの野郎、レンなんかの『宝石』盗ってどうすんだ」
テレビで報道された予告状を見ながら、シンクはぶつぶつ文句を言う。
「前から気になってたんだけど、何でフレグランスは『宝石』を盗むの?」
と、ミルフィが尋ねてきた。
彼女の中に正体を知る者がいるはずだが、聞いていないのだろうか。
「そりゃ……金だろ」
ミルフィはアフター・ヘヴンを持つ以上、いつかフレグランスの正体を知るだろう。
だが、シンクにそれを暴露するつもりはない。
おそらく彼女がアフター・ヘヴンで知るよりも先に、セヴィスが自ら話すことになるだろう。
なんとなくだが、シンクはそう思っている。
「フレグランスはセビでも捕まえられないのかな」
「セビは、フレグランスに興味ねえよ」
シンクは下手な嘘をついた。
「じゃあ何で、セビはスラム街にいたの?」
「さあな。最近セビとモルがよく言ってる、グロウとかいう奴らが関係してるらしいぜ」
「グロウって?」
「グロウに関しては俺もよく知らねえ。何でもウィンズの父親が作った組織で、今の首領はウィンズなんだってよ。クロエの悪魔共存計画に反対して、悪魔の全滅を企んでるって話だぜ」
ミルフィは首を傾げる。
すると、
「お久しぶりっすね。まさか店やってるなんて思わなかったっすよ」
シンクははっとして裏口を見る。
そこには機関銃を持ったナインが立っていた。
いつの間に現れたのだろう。
一切気配を感じさせなった。
「何しに来た、ナイン」
「ウィンズ様に聞いたんすけど、アフター・ヘヴン所持者を匿ってるってホントっすか? もしホントなら、始末しないといけないんすけど」
どうやら目的はミルフィらしい。
シンクは驚きを隠せないミルフィの前に立ち、机の上の収縮された薙刀と白い紙を取った。
「そういえばてめえ、セビの両親を殺したんだってな。ラスケティア夫妻ってのはグロウ側の人間じゃねえのか? 何で殺したんだよ」
息を呑む音が後ろから聞こえた。
「クロエにジュエルバレットを渡すわけにはいかないっすからね。それで、おれっちが殺したこと、誰に聞いたんすか?」
と言うナインの手が機関銃にかかる。
シンクは無言で白い紙を差し出す。
ナインはそれを空いた左手で開き、目を通す。
「セビっちって、こんなこと考えてたんすね。おれっちのこと、もっと憎んでると思ってたんすけど」
そう言って、ナインは白い紙を跡形なくなるまで破き、傍にあるゴミ箱に捨てた。
「それにしても、変な因果っすね。洞窟を抜けたおれっちもシンクも、セビっちに会ったんすから」
「俺だって、てめえが俺より先にセビに会ってたなんて知らなかったぜ」
シンクがまだ幼い頃に、ナインは洞窟を出た。
グランフェザーはおそらく知っていたのだろうが、ナインがスラム街に行っていたことをシンクが知ったのはつい最近だ。
以前セヴィスが自分に食料をくれた盗賊の話をしていたが、まさかそれがナインだとは思わなかった。
「で、この手紙を預かってたってことは、セビっちはおれっちが来ることを分かってたんすよね。これはベルクの仕業っすね」
「ベルク? 誰だそれ」
シンクは聞きなれない名前に首を傾げる。
「ベルク=グラファイス。グロウが育てた、世界でたった一人の未来予知能力者っすよ。現在はモルディオ=アスカって名乗ってるっす」




