第四十話 限界を超えて
角笛で、目が覚めた。
「なんだ、懲りずに夜襲か。今夜はどこだ?」
「東門だな。今日のハズレは」
近くの兵士たちが、笑いながらそう話していた。
ここ最近の様子だと、まともな夜襲ではないだろう。
こちらを眠らせないのが目的だったら、作戦は成功だな。
クルトには悪いが、私はもう少し――
その時、角笛が鳴った。
今度は、西から。
続いて、南からも角笛。
おかしい。
ここ最近、こんなに活発なことはなかった。
敵は、撤退するとの噂も流れていた。
なのに、なぜ。
私はすぐに立ち上がり、城壁の外を見た。
雲がかかっているせいか、真っ暗だ。
目を凝らすと、なにかがうごめいた気がした。
敵は松明を灯さず、すぐそこまで来ていた。
「敵襲! そこまで来てるぞ!」
私は、限界まで叫んだ。
私の声に続いて、角笛が鳴った。
街の全方位から、角笛の音が鳴り響いた。
弓兵が、慌ただしく配置についた。
「お、おい。なんだこりゃ」
「か、数が多すぎる」
私はもう一度、敵のほうをよく見た。
彼らの言う通り、たしかに多い。
初日と、ほとんど変わらない。
あの魔物の襲撃で、敵も相当削られたはず。
本国から増援を呼んだとしても、ここに来るまでには、相当の時間がかかるはず。
まさか、夜に紛れて各方面の兵士を移動させていた。
最近の攻撃が緩かったのも、兵士を温存するため。
そして、我々を油断させるための仕掛けだったとしたら。
そうだとしたら敵の狙いは、北門の一点突破か。
「おい、援軍を呼ぶんだ! 敵の本命はここだ!」
私は、近くの指揮官らしき人物に詰め寄った。
「なに言ってる。他の門も攻められている。簡単に兵の移動など出来るわけがないだろう」
「だったら、予備隊をこちらにすべて投入しろ!」
「そんなこと、俺の一存で決めれるか! おい、弓兵! なにやってる、撃ちまくれ!」
「お、おい!」
その男は、配置に戻ってしまった。
まずい。
私の考えが正しいのなら、敵は巧妙に作戦を立てている。
ここを落とすために、何日も準備をしてきたはず。
ここにいる兵力だけで、この門は持つのか。
「フリード教官!」
声がしたほうを見ると、息を切らした三人がいた。
「フリード教官! 戻りました! どうすればいいですか?」
ああ、来てしまった。
また、戦場に。
「……ゾフィー、ティル、エミール」
三人が、私を見ている。
私は迷った。
おそらくここは、長くは持たない。
兵力差。
油断。
慢心。
すべての要素が、物語っている。
「教官?」
三人が、私の指示を待っている。
しばらくして、私は指示を出した。
「……配置につけ。ここを死守するぞ」
言ってしまった。
勝てる見込みのない戦いに、引きずり込んでしまった。
「はい!」
ゾフィーが勢いよく返事をし、エミールは、拳を握ってやる気を見せ、ティルは、私を見つめていた。
その時、敵陣の奥で、あの光が灯った。
青白い光。
一つではない。
いくつも。
来ないはずだった。
もう、術者はいないはずだった。
私の読みは、すべて間違っていた。
「魔法来るぞ! シュタイン隊、シルトダッハだ!」
私は、ありったけの声で叫んだ。
幾重もの傘が、目の前に組み上がる。
そこへ、敵の氷が、次々と撃ち込まれた。
傘が波打ち、光が明滅する。
だがシュタイン隊は、初日の半分も残っていない。
少ない人数でシルトダッハを、無理やり支えている。
魔素の取り込む量が、いままでとはまるで違った。
みるみる全員の顔から、血の気が引いていく。
光の隙間から、なにかが見えた。
闇の中から、巨大なものが二つ、突然現れた。
一つは、攻城櫓。
もう一つは、屋根で覆われた、太い丸太を吊るしたもの。
衝車だ。
門を、破るための槌。
「くそ、やつらあんなものまで。おい、あれを狙え! 近づけさせるな!」
「む、無理です! 援軍を呼んでください!」
「くっ」
兵士たちは混乱に飲み込まれていた。
衝車が、門に取りついた。
丸太が引かれ、打ち込まれる。
どぉん、と。
腹に響く音がして、門が悲鳴を上げた。
一度。
二度。
そのたびに、分厚い門扉が、内側へたわんでいく。
あれが破られれば、終わりだ。
敵が、市街地へなだれ込む。
「門を守れ! 衝車を止めろ、何としてもだ!」
だが、弓も油も、もう尽きかけていた。
「おい、シュタイン隊! 衝車を狙え!」
指揮官が、こちらに叫んできた。
「無理だ! 敵の魔法が止まらない! ここでシルトを解くわけにはいかないんだ!」
「くそ、なんてことだ」
指揮官は、頭を抱えていた。
アースランスを撃とうにも、シルトダッハを支える手を、割く余裕がない。
傘を解けば氷が降り、ここにいる全員が砕かれる。
傘を保てば、門が破られる。
どちらか一つしか、選べない。
いや。
選んではいけなかった。
どちらも、守らなければならなかった。
「シルトダッハを保て! 一発も落とすな!」
私は、叫んでいた。
「限界だろうが、関係ない! 塞ぎ続けろ! ここでシルトを解けば、全員、死ぬぞ!」
言ってしまってから、背筋が冷えた。
それは二十年、口にしてはならないと、自分に禁じてきた言葉だった。
限界を超えろ、と。
「はい!」
真っ先に応えたのは、ゾフィーだった。
いつもの、あの元気な声で。
その手が、傘をさらに押し上げる。
崩れかけた一角を、自分の魔素で塞ぎにいく。
「ゾフィー、あまり無理を――」
言いかけて、やめた。
誰かが、やらなければならなかった。
そしてこの子はいつだって、真っ先にやる子だった。
私がそう育てた。
ゾフィーの傘が、ひときわ強く輝いた。
氷を何発も、弾き返す。
保っている。
保ってしまっている。
「もういい! ゾフィー、手を下ろせ!」
私の声は、届かなかった。
いや。
届いていてなお、手を下ろさなかったのかもしれない。
教官が、保てと言ったから。
やがて、ゾフィーの口の端から、泡があふれた。
指先が、紫に変わっていく。
魔素中毒。
取り込みすぎた魔素が、その小さな体を、内側から灼いていた。
「ゾフィー!」
「ゾフィー!」
私とティルが、駆け寄ろうとした。
だが、その前に。
ゾフィーの体が、ぐらりと傾いた。
支えていた傘の光が、ふっと消える。
そして、その小さな体は、胸壁を越えて、闇の中へ落ちていった。
声も上げずに。
私は、胸壁の縁に取りついた。
下を見た。
闇で、何も見えなかった。
さっきまで、そこにいたのに。
その瞬間だった。
頭の奥で、何かが軋んだ。
ずっと、固く蓋をしてきた何かが。
泡を吹いて、倒れていく体。
紫に変わる指先。
私はそれを、知っていた。
ずっと昔に、見ている。
たくさんの仲間がそうやって、一人、また一人と倒れていくのを。
あの日も、誰かが言ったのだ。
持ちこたえろ、と。
限界を超えろ、と。
そしてその中で。
私だけが――。
「門が、門が破られます!」
誰かの声が、遠くで聞こえた。
だが私は、その場から動けなかった。




