↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻のなかで 〜名誉を教えた男は、送り出した教え子の顔を一つも覚えていない〜  作者: 星喰ゆう
第三章 フリード

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
37/43

第三十七話 かける言葉もなく

 いつぶりだろうか。

 こんなに静かな朝は。


 魔物たちは去った。


 だが、壁の上に残ったのは、数えきれないほどの死体と、血の匂いだけだった。


 ゾフィーが、立てなくなっていた。


 昨夜、限界まで魔素を取り込んだ体は、悲鳴をあげていた。


 私は、その肩を支えて壁を下りた。


 ティルは、エミールに肩を貸していた。


 エミールも、自分の足では満足に歩けなかった。


 気だるげな顔のまま、ティルは何も言わず、ただエミールを支えていた。


 よろめきながら、後方へ向かう。


 そこに、言葉はなかった。



 街の診療所付近に、野戦病院が設けられていた。


 診療所に入りきらない負傷者は、外で治療をされている。


 その近くに、死んだ者たちの遺体が並べられていた。


 顔に布をかけられた者。

 まだ、かけてもらえていない者。


 死んだ者に時間を割く余裕など、ここにはなかった。


 その光景を見た私たちは、知らないうちに足が止まっていた。



 遺体の列の端に、ガルズがいた。


 誰かが、運んできたのだろう。


 仰向けに寝かされ、空を見上げていた。


 喉の傷は、布で隠されている。


 昨日まで笑っていた男が、今は物のように並んでいた。


 私は思わず、その顔から目を逸らした。


 無意識だった。


 逸らした目の先で、遺体に手を当てて、泣き崩れている若者が目に入った。


 あの子。

 どこかで。


「ルイーゼ?」


 ゾフィーが、その子に向かって呼びかけた。


 その子は、涙でぐちゃぐちゃになった顔を、こちらに向けた。


 その顔を見て、思い出した。


 口数は少なく、あまり目立たないタイプの女の子だ。

 魔素の扱いも、特別に上手くもなく、かといって下手でもない。


 この三人とは真逆。

 あまり、印象に残らない子だった。


「……ゾフィー、ちゃん」

「どうした、の?」


 ルイーゼは、黙った。

 なにも、答えなかった。


 ゾフィーが、私の肩を離れて、そちらに向かった。


「——っ! うそ……」


 ゾフィーは、口元を手で抑えた。


 その姿を見て、嫌な予感がした。


 私も、恐る恐る近づいた。


 そこで目にしたものに、私は思わず息を呑んだ。


 そこには、ラルフがいた。



「……なにが、あった?」


 私は、ルイーゼに問いかけた。


 ルイーゼは、しばらく黙っていたが、ようやく口を開いた。


「シルトダッハに、大穴が空いて……私たちの目の前、でした」


 そうか。

 あの時の。


「ラルフ教官が、私たちの前に飛び込んできて、それで、それで――」

「もう、いいよ。ルイーゼ。もう、大丈夫」


 そう言いながら、ゾフィーがルイーゼを抱きしめた。


 子供のように泣く二人。

 いや、まだ十八にもなっていない子供なんだ。


 子供たちを守って、死んだのか。


 ラルフ。


 こいつとは、数年しか共に働いていない。


 訓練所に教官として来たときは、私とは正反対の人間で、少し苦手だった。


 だが、人の懐に潜り込むのが上手いのか、すぐに環境に馴染んでいった。


 教官仲間が一堂に集まる時は、大体ラルフの声掛けだ。


 おかげでこんな私でも、仲間と思える者たちと巡り会えた。


 クルト、ラルフ、オスト、ターニャ。


 ターニャ。


 彼女はたしか、ラルフと同期と言っていた。


 伝えるべきなのか、伝えないべきなのか。


 私には、わからなかった。


 三人をその場に残して、診療所のほうへ向かった。



 診療所の中は、うめき声で満ちていた。


 ターニャが、負傷兵の間を駆け回っていた。


 一人の兵の傷を覗き込み、首を振る。


「もう手遅れだわ。ヒュー、この人を外に」

「はい!」


 次の兵へ移り、また首を振る。


 助かる者と、助からない者を、選り分けているのだった。


 その手はもう、震えてすらいなかった。


「ターニャ」


 私が呼ぶと、ターニャはこちらをちらりと見て、すぐに視線を戻した。


「フリード教官。ここはもういっぱいです。魔素酔いなら、外で治療出来ますから、外へ」

「あ、ああ。すまないな」


 彼女の勢いに、思わずたじろいだ。


 私の知っている、ターニャはそこにはいなかった。



 外に出ると、ルイーゼの肩に、ティルが毛布を掛けていた。


 エミールは、その場に座り込んでいた。


 ゾフィーは、ルイーゼをまだ抱きしめていた。


 もう、心身ともに限界なのかもしれない。


 私は、その輪の中に入っていけなかった。


 かけてやる言葉を、持っていなかった。


 生きて帰ろう、とも。

 よく戦った、とも。


 どの言葉もここでは、虚しく響く気がした。


 私が持っているのは、名誉を説く言葉だけだ。


 こんなときに、何の役にも立たない言葉だけだった。


 ゾフィーの腕の中で、ルイーゼはまだ泣いていた。


 その背を、ゾフィーが何度もさすっている。


 ふと、クルトは無事なのだろうかと思った。


 東の壁も同じように、魔物に襲われたはずだ。


 生きていてくれ。


 そう、願うことしか出来なかった。



 陽は、すっかり昇っていた。


 よく晴れた、穏やかな朝だった。


 昨日、地獄だった場所が、嘘のようだ。


 この静けさも、今日だけなのかもしれない。


 ゼーラントは、まだ撤退していない。


 奴らも今頃、牙を研いで準備をしているのだろう。


 動ける者は、壁へ戻らなければならない。


 埋めてやる場所も、悼んでやる時間も、ここにはなかった。


 ゾフィーが、ルイーゼの背をさすりながら、壁のほうへ目をやった。


 その目にはまだ、戦う気力が残っていた。


 私はそれが、何より恐ろしかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。