第二十四話 故郷に返す
二週間が過ぎた。
訓練生たちは、不完全ながらシルトを張れるようになっていた。
長くは保てない。
形も歪。
それでも彼らの光の壁は、魔法を一度は防げるくらいにはなった。
ここまで来れば、あとは数をこなして体に馴染ませるだけだ。
ある朝、学院長の部屋に呼び出された。
「シルトの訓練は順調か?」
私の顔を見ながら、学院長が言った。
「全員、形にはなりました。まだ不完全ですが、このまま続ければ、じきに――」
「残念ながら、そんな悠長な時間はないんだ、フリード教官」
学院長が、私の言葉を遮った。
「ゼーラントが、ハレンの街を襲撃したとの報告が入った。着実にアルトに迫っている。じきにこの山にも、総動員の命が下る」
ハレン。
首都アルトに匹敵するほどの人口を誇る町だ。
そんな街が、こうもあっさり。
「……ハレンの民間人は?」
「そこまではわからん。避難が完了していたのかも、どのくらい持ちこたえたのかも、ここにはそんな情報までは入ってこん」
「……そうですか」
「フリード教官。シルトダッハの訓練に移れ」
私は、息を呑んだ。
「お待ちください。まだ早すぎます」
「早い?」
「シルトダッハは、数人で一つの壁を支え続ける魔法です。シルトすら満足に保てない子に、あれを張らせれば――」
「時間がないのだ!」
学院長は、机を叩いた。
「シルトダッハが使えないと、守城戦では役にたたん。壁の上で、ただの的になるだけだ」
正論だった。
「死者が、出ます」
前にも、私はこの部屋で同じような言葉を口にした。
あのときは、まだ声に力があった。
今日の自分の声は、自分で聞いても、ずいぶん軽かった。
学院長は、しばらく黙っていた。
「フリード教官。私もお前も、もうなりふり構っていられないのだ」
「……」
「シルトダッハを張れる人間を、一人でも多く城壁に立たせる。例え死者が出ることになってもな。それで国が守れるなら、安いものだ」
安いもの。
子供の命が、安いものだと。
言い返す言葉は、いくらでも浮かんだ。
浮かんだだけで、どれも口から出てこなかった。
「……わかりました」
「頼んだぞ」
思ったよりもあっさりと、私は頷いていた。
いままでなら、もう一度くらいは食い下がっただろうか。
どうだったか、もう思い出せなかった。
翌日、訓練生を中庭に集めた。
私は、オストとラルフを呼び、三人で前に出た。
「今から見せるのは、シルトダッハ。諸君らが習得した、シルトの上位魔法だ」
三人で、横に並んだ。
私が声を出し、オストとラルフが、それに合わせた。
「山は動かず、岩は退かぬ。我らが頭上に、石の庇を架けよ。降り来るものは、羽も火も、この軒の下で朽ちよ――《シルトダッハ》」
訓練場を、薄く光る傘が覆った。
シルトが、平らな一枚の壁なら、これは周囲を守る結界だ。
魔物や魔法、魔素のあるすべてのものを、この傘で止める。
訓練生たちが、見上げて声を漏らした。
「これは、一人では発動出来ない」
私は、傘を保ったまま言った。
「大量の魔素を取り込むからだ。術者全員で、魔素を分担して軽減させる」
私はわざと、自分の正面の壁を、わずかに緩めてみせた。
「このように、バランスが崩れれば、徐々にほつれていく。裂け目を埋めるには、残った者が、自分の分を超えて魔素を取り込むしかない」
自分の分を、超えて。
その先に何が待っているかは、お前たちはもう、嫌というほど知っているはずだ。
私は、そこまでは言わなかった。
私たちは、魔法を解いた。
「つまりは、全員の息を合わせて発動させる。今までとは、まったく違うやり方だ。まずは三人一組でやってみろ」
「はい!」
三人一組で、シルトダッハの訓練に入った。
「いいか、考えるな。今までより、魔素を感じることに集中しろ。少なすぎても、多すぎてもだめだ。一定の量を取り込み続けろ」
倒れる子は、シルトのとき以上に増えた。
理由は目に見えている。
シルトは、一人で行う魔法。
もし取り込みすぎても、自分がやめれば、そこで終わりだ。
だが、シルトダッハは違う。
一人が崩れると、残った者が穴を埋めようとして、限界を超える。
一つの崩れが、二つになり、三つになる。
連鎖するように潰れていく。
その中でゾフィーは、やはりゾフィーだった。
同じ組の誰かが崩れかけると、真っ先に自分の分を増やして、裂け目を塞ぎにいく。
「ゾ、ゾフィー、や、やめろ。お、俺……」
「……がんば、って」
同じ組の子は、もう限界だ。
「ゾフィー。やめろ!」
「ま、まだ……」
「ゾフィー!」
私が腕を掴んで、ようやく止めさせた。
指先が、青を通り越して、紫に変わりかけていた。
それでもその目は、仲間を守れたことを誇っていた。
そして、四日目だった。
ある組で、一人が泡を吹いて倒れた。
顔が紫色だった。
ターニャが駆けつけたが、その手は途中で止まった。
「……もう、手遅れです」
その子は、息をしていなかった。
その子の名前を、私は知らなかった。
名簿を見れば、どこかに書いてあるのだろう。
だが、倒れたその顔と名前が、どうしても結びつかなかった。
数日のうちに、何人かが、同じように死んだ。
遺体は、馬車に乗せて、それぞれの故郷へ返すことになった。
見送りに出たのは、教職員が数名だけだった。
訓練は止められない。
子供たちは今も中庭で、死と隣り合わせの訓練をしている。
馬車が、ゆっくりと山を下りていく。
荷台には、布をかけられた遺体が、いくつか並んでいた。
隣に立ったクルトが、それを見送りながら、ぽつりと言った。
「故郷に返してやれるだけ、まだマシなのかもな」
私は答えなかった。
アルトが落ちれば、そこにある遺体はどうなるのだろうか。
「なあ、フリード」
クルトは、馬車から目を離さなかった。
「俺がなんで、まだ辞めずにここにいるか、分かるか?」
「……」
「一人でも、生きて帰してやれるかもしれない。そう思ってるうちは、辞められねえんだよ」
「……そうか」
馬車が、見えなくなった。
クルトは、それきり何も言わずに、中庭へ戻っていった。
私はしばらく、誰もいなくなった門の前から動けなかった。




