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幻のなかで 〜名誉を教えた男は、送り出した教え子の顔を一つも覚えていない〜  作者: 星喰ゆう
第三章 フリード

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第二十四話 故郷に返す

 二週間が過ぎた。


 訓練生たちは、不完全ながらシルトを張れるようになっていた。


 長くは保てない。

 形も歪。


 それでも彼らの光の壁は、魔法を一度は防げるくらいにはなった。


 ここまで来れば、あとは数をこなして体に馴染ませるだけだ。



 ある朝、学院長の部屋に呼び出された。



「シルトの訓練は順調か?」


 私の顔を見ながら、学院長が言った。


「全員、形にはなりました。まだ不完全ですが、このまま続ければ、じきに――」

「残念ながら、そんな悠長な時間はないんだ、フリード教官」


 学院長が、私の言葉を遮った。


「ゼーラントが、ハレンの街を襲撃したとの報告が入った。着実にアルトに迫っている。じきにこの山にも、総動員の命が下る」


 ハレン。

 首都アルトに匹敵するほどの人口を誇る町だ。


 そんな街が、こうもあっさり。


「……ハレンの民間人は?」

「そこまではわからん。避難が完了していたのかも、どのくらい持ちこたえたのかも、ここにはそんな情報までは入ってこん」

「……そうですか」

「フリード教官。シルトダッハの訓練に移れ」


 私は、息を呑んだ。


「お待ちください。まだ早すぎます」

「早い?」

「シルトダッハは、数人で一つの壁を支え続ける魔法です。シルトすら満足に保てない子に、あれを張らせれば――」

「時間がないのだ!」


 学院長は、机を叩いた。


「シルトダッハが使えないと、守城戦では役にたたん。壁の上で、ただの的になるだけだ」


 正論だった。


「死者が、出ます」


 前にも、私はこの部屋で同じような言葉を口にした。


 あのときは、まだ声に力があった。


 今日の自分の声は、自分で聞いても、ずいぶん軽かった。


 学院長は、しばらく黙っていた。


「フリード教官。私もお前も、もうなりふり構っていられないのだ」

「……」

「シルトダッハを張れる人間を、一人でも多く城壁に立たせる。例え死者が出ることになってもな。それで国が守れるなら、安いものだ」


 安いもの。


 子供の命が、安いものだと。


 言い返す言葉は、いくらでも浮かんだ。


 浮かんだだけで、どれも口から出てこなかった。


「……わかりました」

「頼んだぞ」


 思ったよりもあっさりと、私は頷いていた。


 いままでなら、もう一度くらいは食い下がっただろうか。


 どうだったか、もう思い出せなかった。



 翌日、訓練生を中庭に集めた。


 私は、オストとラルフを呼び、三人で前に出た。


「今から見せるのは、シルトダッハ。諸君らが習得した、シルトの上位魔法だ」


 三人で、横に並んだ。


 私が声を出し、オストとラルフが、それに合わせた。


「山は動かず、岩は退かぬ。我らが頭上に、石の庇を架けよ。降り来るものは、羽も火も、この軒の下で朽ちよ――《シルトダッハ》」


 訓練場を、薄く光る傘が覆った。


 シルトが、平らな一枚の壁なら、これは周囲を守る結界だ。


 魔物や魔法、魔素のあるすべてのものを、この傘で止める。


 訓練生たちが、見上げて声を漏らした。


「これは、一人では発動出来ない」


 私は、傘を保ったまま言った。


「大量の魔素を取り込むからだ。術者全員で、魔素を分担して軽減させる」


 私はわざと、自分の正面の壁を、わずかに緩めてみせた。


「このように、バランスが崩れれば、徐々にほつれていく。裂け目を埋めるには、残った者が、自分の分を超えて魔素を取り込むしかない」


 自分の分を、超えて。


 その先に何が待っているかは、お前たちはもう、嫌というほど知っているはずだ。


 私は、そこまでは言わなかった。


 私たちは、魔法を解いた。


「つまりは、全員の息を合わせて発動させる。今までとは、まったく違うやり方だ。まずは三人一組でやってみろ」

「はい!」



 三人一組で、シルトダッハの訓練に入った。


「いいか、考えるな。今までより、魔素を感じることに集中しろ。少なすぎても、多すぎてもだめだ。一定の量を取り込み続けろ」


 倒れる子は、シルトのとき以上に増えた。


 理由は目に見えている。


 シルトは、一人で行う魔法。


 もし取り込みすぎても、自分がやめれば、そこで終わりだ。


 だが、シルトダッハは違う。


 一人が崩れると、残った者が穴を埋めようとして、限界を超える。


 一つの崩れが、二つになり、三つになる。


 連鎖するように潰れていく。


 その中でゾフィーは、やはりゾフィーだった。


 同じ組の誰かが崩れかけると、真っ先に自分の分を増やして、裂け目を塞ぎにいく。


「ゾ、ゾフィー、や、やめろ。お、俺……」

「……がんば、って」


 同じ組の子は、もう限界だ。


「ゾフィー。やめろ!」

「ま、まだ……」

「ゾフィー!」


 私が腕を掴んで、ようやく止めさせた。


 指先が、青を通り越して、紫に変わりかけていた。


 それでもその目は、仲間を守れたことを誇っていた。



 そして、四日目だった。


 ある組で、一人が泡を吹いて倒れた。


 顔が紫色だった。


 ターニャが駆けつけたが、その手は途中で止まった。


「……もう、手遅れです」


 その子は、息をしていなかった。


 その子の名前を、私は知らなかった。


 名簿を見れば、どこかに書いてあるのだろう。


 だが、倒れたその顔と名前が、どうしても結びつかなかった。



 数日のうちに、何人かが、同じように死んだ。


 遺体は、馬車に乗せて、それぞれの故郷へ返すことになった。


 見送りに出たのは、教職員が数名だけだった。


 訓練は止められない。


 子供たちは今も中庭で、死と隣り合わせの訓練をしている。


 馬車が、ゆっくりと山を下りていく。


 荷台には、布をかけられた遺体が、いくつか並んでいた。


 隣に立ったクルトが、それを見送りながら、ぽつりと言った。


「故郷に返してやれるだけ、まだマシなのかもな」


 私は答えなかった。


 アルトが落ちれば、そこにある遺体はどうなるのだろうか。


「なあ、フリード」


 クルトは、馬車から目を離さなかった。


「俺がなんで、まだ辞めずにここにいるか、分かるか?」

「……」

「一人でも、生きて帰してやれるかもしれない。そう思ってるうちは、辞められねえんだよ」

「……そうか」


 馬車が、見えなくなった。


 クルトは、それきり何も言わずに、中庭へ戻っていった。


 私はしばらく、誰もいなくなった門の前から動けなかった。

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