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幻のなかで 〜名誉を教えた男は、送り出した教え子の顔を一つも覚えていない〜  作者: 星喰ゆう
第三章 フリード

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第二十三話 守りの要

 全員がアースランスを、実戦で使えるほどになった頃。


 訓練を、次の段階に進めることにした。


 シルト。


 守りの魔法だ。


 本来シルトは、ブレイク魔法を完全に操れるようになってから教える。


 シルトは、魔素を取り込み続けて壁を保つ、維持の魔法だからだ。


 ブレイク魔法のように、一度取り込んで撃つ。

 それで終わりではない。


 シルトを発動し続けている限り、魔素を体に流し込み続けねばならない。


 取り込む量を自分で制御出来ないうちに教えれば、溜め込みすぎて、あっけなく死ぬ。


 だから本来は、ブレイクで取り込みの加減を体に覚えさせてから、ようやくシルトの習得が可能になる。


 この順序には、意味がある。


 だが今は、そんな悠長なことをしている時間はなかった。


 それに、シルトを覚えてさえいれば、戦場で生き延びる可能性が、少しは増えるのではないか。


 そう考えた時点で、私はもう、言い訳を探し始めていたのだと思う。



「今から見せるものは、非常に危険だ。よく見ていろ」


 私は、訓練場の中央に立った。


 反対側に、オストが身構える。


「いきますよ、フリード教官」

「ああ、いつでも来い」

「石の牙よ、貫け――アースランス」


 オストの放った石の槍が、空気を裂いて、まっすぐ私に向かって飛んでくる。


 訓練生たちが、息を呑むのが分かった。


 実際に人に魔法を放つところを見るのは初めてだからだろう。


 私は、片手を上げた。


「見えざる壁よ、阻め――シルト」


 空間が薄く光り、石の槍を正面から受け止めた。


 石の槍は、その壁の一点で裂けて、轟音と共に私の脇を抜け、背後に砕け散った。


 私は、一歩も動いていない。


 訓練生の間から、小さなどよめきが起きた。


 ゾフィーの目が、また輝いていた。


「これがシルトだ」


 私は、訓練生のほうを向いて言った。


「敵の魔法を弾き、魔物の牙を止める。お前たちの命を守る。いや、フェルゼンを守る盾だ」


 私は、本気でそう信じていた。


 この盾が、この子らを守るのだと。


「私が出したシルトは、無駄を一切排除した形だ。取り込む魔素を最小限にする。それが出来ないと、すぐに魔素酔いになる。取り込み過ぎないように注意しろ」

「はい!」



 その後、シルトの訓練に入った。


 初めは、誰一人として、壁を保てなかった。


 張ったそばから揺らぎ、形になる前に、ふっと消えていく。


 それでも、三日もすると、ぽつぽつと壁を立てられる子が出てきた。


 中でも、ふだん目立たないハインツという子が、初めて壁を保ったときの顔は、忘れがたい。


 自分の手の先に生まれた見えない壁を、信じられないという目で見つめていた。


「……出来た! 出来ました、教官!」


 声が、裏返っていた。


 まわりの子らも、つられて沸いた。


「筋がいいな。よし、続けろ」


 私もつい、頬が緩んだ。


 この手応えが、あの子らを前に進ませる。


 そう思っていられたのは、ほんの数日だった。



 壁を保てる子が増えるにつれて、倒れる子も増えていった。


 結果は、ブレイク魔法のとき以上に、むごかった。


 ブレイクなら、撃ってしまえば、そこで取り込みは止まる。


 だがシルトは、壁を保っている限り、魔素が体に流れ込み続ける。


 止めどきは、自分で決めるしかない。


 そして、止めどきを誤る子が次々と出た。


 ある子は、壁を張ったまま、仰向けに倒れた。


 呼びかけても、返事がない。

 目の焦点もあっていない。


 血を吐き、白目を剥いて運ばれていく者が、一日に何人も出た。


 医務室は、また足りなくなった。


 廊下にまで、寝かされた子が並んだ。


 医療班が、担架を持って、私の横を通り過ぎていく。


 ターニャは、以前のように食ってかかってはこなかった。


 何も言わず、ただ訓練生を運んでいく。


 その無言のほうが、怒鳴られるよりもずっとこたえた。


 すれ違いざま一瞬だけ、彼女の目が私を見た。


 もう、何かを期待する目ではなかった。



 あの三人はやはり、それぞれの個性があった。


 ティルは、少しだけ壁を張ると、さっと解く。


 一瞬も、無駄に取り込まない。


 私が先ほど破壊した槍の破片を蹴飛ばしながら、ぽつりと言った。


「守り、ねえ」


 誰に聞かせるでもない呟きだった。


「守るのは国じゃなくて、貴族だろ」


 私は、聞こえないふりをした。


 エミールは、要領が悪く、何度も魔素に酔っては、青い顔で座り込んでいた。


 それでも、翌日にはまた、訓練に戻ってくる。


 転んでは立ち、酔っては戻り、それだけは、誰にも負けなかった。


 そして、ゾフィー。


 この子は、誰よりも長く壁を保った。


 まわりの子が次々と解いていく中で、一人だけシルトを張り続けている。


「ゾフィー、もういい。解け」

「……まだ、いけます」

「解けと言っている」


 ようやく壁を解いたその指先は、白を通り越して、青くなっていた。


 それでも、誇らしそうだった。


 私に褒められるのを、待つような目をしていた。


 褒めてやれば、もっとやる。


 もっとやればいつか、取り返しのつかないところまでいく。


 分かっていて私は、また何も言えなかった。


 そのうえこの子は、命令をしても休まなかった。


 自分が解いた後、すぐ隣で青い顔をしている子のところへ行き、背をさすってやっている。


「大丈夫、すぐ慣れるから。ゆっくり呼吸して」


 言われた子が、力なく頷く。


 倒れた仲間を気にかけてやれる子は、そう多くない。


 私は、その横顔をしばらく見ていた。



 その夜私は、昼間のゾフィーを思い返していた。


 初めての訓練で、あれほど長くシルトを保てる子は、めったにいない。


 魔素を流し込み続けながら、顔色一つ崩さずに立っていた。


 そのうえ、倒れた仲間に手を差し伸べる余裕まである。


 この子なら、戦場でも、きっと長く生き延びる。


 守りの要として、国を支えてくれるだろう。


 そう思うと、悪くない気分になった。


 そういえば、前に送り出した訓練生には、シルトを教えていない子たちがいたはず。


 二カ月ほどで、戦地に送り出すことになってしまったあの子たちは、今頃どうしているだろう。


 優秀な子もいた、はずだ。


 大丈夫。


 私はそう自分に言い聞かせて、灯りを消した。


 あの優秀な子。


 名前は……


 私はそのまま、眠りについた。

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