↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻のなかで 〜名誉を教えた男は、送り出した教え子の顔を一つも覚えていない〜  作者: 星喰ゆう
第三章 フリード

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/41

第二十一話 生きた的

 数週間が過ぎた。


 無理が祟って倒れる子は、相変わらず絶えない。


 それでも、生き残った体は、少しずつ魔素に慣れていく。


 取り込むだけで精一杯だった子らも、今では詠唱を唱え、的を撃てるようになった。


 藁を束ねた的に、石の槍が突き刺さる。


 それを見て、誇らしげな訓練生。


 見慣れた光景だ。


 だが戦場では、生きた人間を相手にすることになる。


 彼らがその時、迷いなく撃てるのかは、私にはわからない。



 訓練をオストに任せ、私は医務室に向かった。


 そこには、六人の訓練生がまだ休んでいた。


 私は、一人一人声をかけた。


「大丈夫か?」

「……はい」


 全員が、同じように答える。


 いや、全員ではなかった。


「大丈夫か?」


 ゾフィーに声をかけた。


 私が声をかけると、彼女は立ち上がった。


「もう、大丈夫です。訓練に戻してください」

「……本当に大丈夫か?」

「もう十分休みました。訓練に参加させてください」


 ゾフィーの顔を見る限り、まだ早い。


 ターニャに知れたら、また食ってかかられるだろう。


 だが、人手は一人でも多いほうがいい。


 それに、本人がこれほど望んでいる。


「わかった。無理はするな」


 ゾフィーの顔が、ぱっと明るくなった。


「ありがとうございます!」


 その顔を見て、また胸が熱くなった。



 次の日。


「だいぶ形にはなってきましたかね」


 訓練中、オストが話しかけてきた。


「まだまだだ。槍は小さいし、一日に撃てる量もたかが知れている。これでは、却って足手まといになる」

「これは、手厳しいですね」

「彼らの命がかかっているからな。妥協はできん」

「そうは言っても、命令が下れば嫌でも戦場に行くことになるんですよ」

「……」

「フリード教官。そろそろあれをやりますか?」


 オストはそう言いながら、空を見上げた。


「そうだな。いい頃合いかもしれん」



 その日の夜、訓練生を中庭に集めた。


 この訓練所で唯一、気が休まる時間に集められて、不満が顔に出ている者もいた。


 だが、仕方がない。


「今日は的ではなく、本物を撃つ」


 私がそう言うと、中庭に並んだ子らに、緊張が走った。


 ここの訓練場は、ベルク山の中腹に建つ。


 日が傾くと、山の斜面から魔物が下りてくることがある。


 満月の夜ともなれば、月明かりの中、群れが歩き回る。


 今日がその日だ。


 魔物自体は脅威ではない。


 狼に毛が生えた程度のものだ。


 この訓練所の壁を乗り越えることはない。


 爪も牙も届かぬ壁の上から、ただ撃てばいい。


 格好の、生きた的だった。


「怖がることはない。訓練通り、落ち着いて狙え。シュタイン隊の素質があるのを、私に見せてくれ」


 言い慣れた言葉を、私は今日も繰り返した。


 訓練生を、壁の上に並ばせた。


 やがて斜面に、黒い影がいくつか現れた。


 濁った目を壁に向けて、のそりと歩いてくる。


「よし、詠唱を始めろ。そして待機だ」

「はい!」


 詠唱の声が、ばらばらに重なった。


「石の牙よ、貫け――アースランス」


 訓練生の前に、石の槍が現れた。


 槍の大きさは、まだばらばらだ。

 しかし、いま大事なのは正確性。


 魔素を留め、魔法に変換し、正確に放つ。


「まだ待機だ。十分に引きつけろ」


 訓練生の顔が歪んでいる。


 これが限界か。


「よし、放て!」


 二十数本の石の槍が、斜面の魔物に降り注ぐ。


 何体かが声もなく崩れ、何体かは手負いのまま、なおもこちらへ這ってくる。


 死にきらずに近づいてくる影に、子らの顔が強張った。


 藁の的は、撃たれても這ってはこない。


「次だ。自由に撃て」


 初めて命を奪う手応えに、幾人かは詠唱の続きを忘れ、立ち尽くしている。


 その中で、ゾフィーだけが違った。


 医務室を出たばかりの体で、誰よりも前に出て、誰よりも多く撃っている。


 一体、また一体と、斜面に魔物が崩れていく。


 唇はまだ青いのに、その目には強い意志が感じられた。


「見事だ、ゾフィー」


 つい、声に出していた。


 ゾフィーの顔が、ぱっと花のように開いた。


 褒められたことが嬉しかったのだろう。


 ゾフィーはまた、新しい魔物に詠唱を向けた。


 ティルは、少し離れたところに立っていた。


 こちらへ来る一体に、無駄なく、一撃だけを撃ち込む。


 狙いも詠唱も、危なげがない。


 魔物は、声もあげずに崩れた。


 筋がいい。


 だが、その子は倒れた魔物を見ても、何の顔もしなかった。


 誇るでも、怯えるでもない。


「……的とたいして変わんねえな」


 誰にともなく、ティルはそう呟いた。


 その一言が、なぜか、胸の奥に小さく刺さった。


 その隣では、エミールが震えていた。


 詠唱が、途中で何度も途切れる。


 ようやく放った石の槍が、一体の脇腹に刺さった。


 魔物が、低い声をあげて倒れる。


 エミールはそれを見て、口を手で押さえた。


 顔から、血の気が引いている。


 いつも誰かの背をさすってやる側のあの子が今日は、隣の子に背をさすられていた。


 教え子が、初めて生き物を殺していく。


 それを私は、成長だと見た。



 空が白んでくるまで、魔物の討伐を続けた。


 魔素酔いにならないように、交代制で行ったため、倒れる者は出なかった。


 それでも、訓練生の顔には、疲労の色が濃く出ている。


「よし、ここまでだ。今日の午前の訓練は休みだ。午後から座学を行う。ゆっくり休め」

「……は、はい」


 訓練生たちは、肩で息をしながら、戻って行った。


「教官」


 エミールが、青い顔のまま、私のところへ来た。


「……なんだか、気持ち悪いです」


 殺した手応えが、まだ手に残っているのだろう。


 私は、その肩を軽く叩いた。


「慣れろ。それしかない」


 的も、魔物も、そのうち同じになる。



 心の問題は、自分で解決するしかない。


 エミールは何も言わずに、自室へ戻っていった。



 明るくなってきた頃、私は魔物の死体を数えに行った。


 三十数体。


 悪くない成果だ。


 学院長に報告すれば、少しは顔が立つだろう。


 今回の訓練生は、優秀な子が多い。


 じっくり育てることが出来れば。


 その時、前にクルトに言われたことを思い出した。


「……無能どものおかげで、教え子たちが使い捨てにされる、か」


 その時、背後から物音がした。


 振り返ると、魔物が一体、こちらに走ってきた。


「石の牙よ――」


 私の魔法が、魔物を跡形もなく消し飛ばした。


 いつもより、魔素を込めすぎた。


 なぜかはわからない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。