↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻のなかで 〜名誉を教えた男は、送り出した教え子の顔を一つも覚えていない〜  作者: 星喰ゆう
第一章 マチルダ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/41

第二話 静まり返る

 角笛は、鳴りやまなかった。


 溝の中を、兵士たちが走っていく。


 剣を抜く者、弓に矢をつがえる者。

 誰もが、同じ方向を見ていた。


 丘の上。


 松明の灯りが、斜面をゆっくりと下ってくる。


 十、二十。

 数えられなかった。


 あそこにいるのは、間違いなく人間。


 私たちを殺しに、あれだけの人数がこちらに向かってきている。


 膝が、震えていた。


 つい最近まで、私は訓練生だった。


 魔法を的に当てて、魔法の盾を作り出して、ここ最近で一番優秀とまで言われた。

 その言葉に、私は胸が高鳴った。


 やれる。

 私は優秀なんだ。


 訓練所の的は、動かなかった。

 的は、こちらを殺そうとはしなかった。


「すごい数だね。新入りだから下がってろ、とは言えないよ」


 アメリーが、私の肩を叩いた。

 もう、笑っていなかった。


「マチルダ。ブレイク魔法は習ったね?」

「……はい」

「じゃあ配置について。大丈夫。やつらがここに来るまではまだ時間がある。訓練学校の的と同じだ。考えるな」


 アメリーはそれだけ言うと、壁のほうに走っていった。


 あちこちで、同じことを言っているのだろう。


 こんな状況でもその背中は、焦っているようには見えなかった。


 三年というのは、こういうことなのかもしれない。


 隣で、マルコが唾を飲む音がした。


「なあ、マチルダ」

「な、なに?」

「おれ、手が震えてる」

「……私も」


 それ以上は言わなかった。

 言葉にすると、動けなくなりそうだったから。


 ゲルナーは、もう詠唱を始めていた。


 さすがだ。


 今回の卒業生の中で、一番の年上。

 怖いもの知らずで、訓練生時代も私たちを引っ張っていってくれた人だ。


 こういう時には、頼りになる。


 私も、口を動かした。

 訓練学校で、何百回もやった詠唱。


「石の牙よ、貫け――」


 周囲から、魔素を取り込むイメージで。


 喉の奥が、鉄の味になる。


「アースランス!」


 魔素が石に変わり、槍のように飛び出した。


 他のシュタイン隊の魔法と重なり、一斉に丘に向かって放たれた。


 悲鳴が聞こえた、気がした。


 私の魔法が、初めて人に当たった。


 いや、何人も一斉に放った。

 私のが当たったとは限らない。


 手が一瞬、止まりかけた。


 同じことだ。

 誰の魔法が当たったとか、そんなことは関係ない。


「なにしてる! 撃ちまくってくれ!」


 剣を持った兵士が、私に叫んだ。


 私は、詠唱に戻った。


 砦のあちこちで、同じことが起きていた。


 シュタイン隊の詠唱が重なる。


 石の槍が、丘から下ってくる松明に放たれていく。


 魔法が飛んでいくたびに、松明が少しずつ減っている。


 いける。

 止められる。


 選ばれた人間というのは、本当だったんだ。


 そう、思った。


 だが灯りは、消えた数より多く、途切れることもなく続いている。


 倒れた兵士の死体を、次の兵が踏み越えてくる。


 次も。

 その次も。


 数が違いすぎた。


 訓練学校では教わらなかった。


 こんなに来るなんて、誰も言わなかった。


 魔法は、無限には出来ない。


 魔素を取り込むたびに、喉の鉄の味が濃くなる。


 指先が、少しずつ痺れ始めていた。


 その時。

 風を切る音がした。


 最初は、一本。


 すぐに何十本にもなった。


 矢だ。


「盾を構えろ!」


 誰かが叫んだ。


 私は反射で、シルト魔法を張った。


「見えざる壁よ、阻め――シルト!」


 薄い防御の結界が、目の前に現れる。


 私の周りにいた、兵士ごと包み込んだ。


 矢が、来る。

 シルトに、届く――


 届いて、そのまますり抜けた。


 シルトは、魔法を弾く。

 魔物を止める。


 けれど、魔素のない矢は通す。


 知っていた。

 訓練学校で習った。


 頭では、ちゃんと知っていた。


 それでも私の体は、盾の後ろで立っていた。


 守られていると信じて、立っていた。


 すぐ後ろで兵士が、喉を押さえて倒れた。


 矢が深く、刺さっていた。


 私は、この人を知っていた。


 昼間、胸へ手を当てて頭を下げた――あの顔だった。


 咄嗟に、顔を背けた。


 私の盾は、何も守っていなかった。


「そこ、シルトは意味ないぞ! 早く撃ち返せ!」


 シュタイン隊の人が、私に叫んだ。


「は、はい!」


 シルト魔法を解き、詠唱を始めようとした。


 腕が震えて、動かなかった。


 声も出なかった。


 選ばれた人間。

 替えの効かない戦力。


 そう言われたばかりだった。


 でも、矢は防げない。


 私も、あの兵士も、同じように倒れる。


 胸の紋章は、矢の一本すら止めてはくれなかった。



 少し離れた所で、ゲルナーが撃ち続けていた。


 顔が赤い。

 汗が湯気になって、頬から立ちのぼっている。


 あきらかに限界だ。


 ああなった人を、訓練学校で何人も見てきた。


 魔素酔いだ。


「ゲルナーさん、もう――」


 マルコの声は、怒号と悲鳴に飲まれて消えた。


 ゲルナーは止まらなかった。


 止まれば、敵がここまで到達してしまう。


 それを、誰もが分かっていた。

 だから、誰も止められなかった。



 そのときだった。



 東の森から何かが聞こえた。


 風でも、人でもない、音。


 無数の遠吠え。

 羽ばたき。


 戦場に、確かに響く足音。


 斜面を下ってきたゼーラントの兵が、足を止めた。


 振り返っている。

 森のほうを。


 さっきまで、怒号が飛び交っていた戦場は、背筋が凍るくらい静まり返っていた。


 月が、明るかった。


 いつのまにか、雲が切れていた。

 欠けたところのないまるい月が、森の上に白く浮いていた。


 アメリーが、詠唱を止めていた。

 空を見上げて、短く息を吐く。


 月明かりに照らされたその横顔を、私はたぶん、一生忘れない。


「……来たね」


 アメリーが、静かに言った。


「よく見ておきな、マチルダ。この土地の本当の怖さをね」


 言っている意味が、すぐには理解出来なかった。



 東の森に目を凝らした。


 森の闇から、黒いものがこぼれ出した。


 十、二十……五十。


 もう、数える気も起きなかった。


 月明かりだけが、この戦場のすべてを理解している。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


よかったら、ブックマークや評価をしていただけると、執筆の励みになります。

ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。