第十九話 冷めた目
訓練生を送り出して、早くも一週間ほど経った。
「この静けさにも慣れましたね。フリード教官」
中庭にいた私に、ターニャが話しかけてきた。
「すぐに元通りになる。今回は、君も忙しくなるぞ」
「そうなんですか?」
「ああ、上からの命令があったようだ。訓練生を数か月で戦場に投入出来るようにしろ、とな」
「そんな……。少し無茶が過ぎます。そんなに急いで魔素を取り込んだら、下手をすれば死にます。ましてや、まだ訓練もしていない子たちをいきなり……」
彼女の言い分もわかる。
だが短期間で、本物のシュタイン隊として送り出すには、多少の無理も仕方がない。
「だから、医療班の君の力が必要なんだ」
「魔素中毒になった子には、なにも出来ません。なる前に止めていただくしか。それに、そんな急いで育てた子たちが、本当に――」
その時、門のところで鐘が鳴った。
「仕事の時間だ。頼んだぞ、ターニャ」
「……善処します」
中庭に、新しい馬車が入ってきた。
荷を背負い、山の斜面を見上げて、口を開けながらあたりを見回している。
毎年、同じだ。
顔は毎年変わるのに、私が見ている光景は何ひとつ変わらない。
「よし、未来のシュタイン隊の諸君、整列だ」
ラルフがいつも通り、訓練生を並ばせた。
私はいつものように、彼らの前に立った。
二十八人、か。
多いな。
しかも若い。
国の若者が、総動員されているという噂は、本当のようだ。
列の後ろのほうが目に入った。
背の高い子が何か軽口を叩き、隣の小柄な女の子が「静かにして」と咎めている。
その二人のあいだで、丸い顔の男の子が、おろおろと両手を上げて二人をなだめていた。
同じ馬車で来たのだろう。
着いたばかりで、ここまで目立てるとは、いい度胸だ。
私が咳払いをすると、幼い顔が一斉にこちらを向いた。
「ようこそ、私は教官のフリードだ」
訓練生の一部が、軽く会釈をした。
「諸君は今日から、シュタイン隊の術者となるべく、この山で学ぶ。楽な道ではない。だが、ここを出た者だけが、この国の盾になれる。胸を張れ。諸君は、選ばれてここにいる」
言い慣れた言葉だ。
二十年、同じことを言い続けてきた。
それでも、言うたびに若者の目に光が灯るのを見ると、悪くない気分になる。
この目を見るために、私はここに立っている。
小柄な女の子が、食い入るように私を見ていた。
先ほど騒いでいた子を咎めていた子だ。
一言も聞き漏らすまいという顔でこちらを見ている。
訓示を終え、私は列のあいだを歩いた。
一人ずつ顔を見てやるのが、迎える側の礼儀だと思っている。
輝いた目が、順に私を見上げていく。
先ほど騒いでいた子たちのところで止まった。
「……名前は?」
「ゾフィーです!」
その小柄な女の子はそう名乗った。
元気がいい。
そして素直だ。
こういう子は、教えたことを素直にやる。
私の経験上、こういう子は伸びる。
何人か、そういう人間を見てきた気がする。
その隣の丸い顔をした子。
私と目が合って、すぐに逸らした。
姿勢も悪い。
こういう覇気がない子は、成長するまで時間が掛かる。
今回は、時間がないから厄介だ。
最後の子。
軽口を叩いていた、背の高い子。
退屈そうに、山の上のほうを眺めている。
私と目が合っても、慌てて姿勢を正すでもない。
「名前は?」
「ティルです」
「そうか、ティル。なにか聞きたいことでもあるのか?」
私が声をかけると、その子は少し考えてから、言った。
「選ばれたって、さっき言いましたよね」
「ああ」
「俺たちのほとんどが、徴兵されて来たんですけど」
列のあちこちで、小さな笑いが起きた。
ゾフィーだけが、きつい目でティルを睨んでいる。
「適性試験はしたんだろう?」
「……はい」
「なら、君たちは選ばれたんだ。シュタイン隊になれる可能性があると」
私はそう返して、訓練生の前に戻った。
「いいか、諸君。知っての通り、我が国フェルゼンは、隣国ゼーラントと戦争中だ。戦況も、あまり良くはないということも知っているはずだ」
先ほどの笑いも嘘のように、真剣に私の話を聞いている。
「君たちを、シュタイン隊として戦況を覆す存在に成長させることが私たちの仕事だ。そして、祖国を守ることが出来るのは、君たちだけだ。ぜひ訓練に励んでくれ」
「はい!」
全員が返事をする中、ティルが返事をしなかったのが目に入った。
生意気な子だ。
ああいうのは、たいてい最初の一月で音を上げる。
いつもなら気にもならない。
どういうわけか、彼の目が頭の隅に残った。
その日の午後、さっそく初めの実習をおこなった。
「空気中の魔素を感じろ。そして、自分の体に取り込め。先ほど教えた詠唱を唱えながらすると、わかりやすいだろう。よく見ていろ」
私はそう言って、詠唱を始めた。
「石の牙よ、貫け――アースランス」
訓練場の的に向かって、魔法を発動して見せた。
訓練生から、ざわめきが起きた。
ゾフィーは、特に目を輝かせながら見ている。
「最初はここまでしなくていい。魔素を取り込む感覚を覚えるんだ」
「はい」
体のまわりから、ほんの少しだけ魔素を取り込む。
ただそれだけのことで、半分の子が鼻血を出し、何人かはしゃがみ込んだ。
「心配するな。最初はそんなものだ。まずは己の限界を知ることだ。指先が痺れる。そういう感覚が来たら、そこがお前たちの器の大きさだ。無理はしなくていい」
私はそう言って、列のあいだを回った。
あの三人は、やはり近くに固まっていた。
ティルは、痺れる手前でさっさと手を止め、涼しい顔で立っている。
「ちゃんとやりなよ」
ゾフィーが、青い顔のまま小声でそれを咎めた。
「無理して倒れるやつのほうが馬鹿だろ」
「……教官は、限界まで取り込めって」
「限界の手前で止めろ、って言ってたぞ」
二人のあいだで、エミール――そうだ、エミールといった――が、鼻血を手の甲で拭いながら、へらへらと笑っていた。
「二人とも、鼻血出てるよ」
ゾフィーが慌てて自分の鼻に触れ、ティルが噴き出す。
張り詰めていた空気が、そこだけ少しゆるんだ。
叱るべきなのかもしれない。
だが私は、見て見ぬふりをした。
ゾフィーは、指先が白くなるまで魔素を取り込んでいた。
それでも、まだ取り込もうとしている。
「ゾフィー、止めろ」
「……まだ、いけます」
「止めろと言っている」
ようやく手を下ろしたその子の鼻からまた、血が垂れていた。
それでも、誇らしそうな顔をしていた。
褒めてやれば、もっとやるだろう。
叱るのも違う気がした。
私は何も言わずに、その場を離れた。
日が傾き、実習を終える頃には、ほとんどの子がぐったりと地面に座り込んでいた。
まあ、最初はこんなものだろう。
明日には半分が起き上がれず、三日もすれば体が慣れる。
そうやって、器は少しずつ大きくなる。
少しずつ、死ににくい体になっていく。
その夜も、私は先週送り出した三十六人の顔を、思い出せなかった。
筋のいい子が一人いた気がするが、それだけだ。
ただ、あの背の高い子の、冷めた目だけが頭に残っていた。
「ティル、か」
遠くの雨雲を見ながら、思わずそう呟いた。




