↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻のなかで 〜名誉を教えた男は、送り出した教え子の顔を一つも覚えていない〜  作者: 星喰ゆう
第二章 ヴィリー

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
12/42

第十二話 静かな気配

 今日の天気は悪い。


 昨日の夜が嘘みたいに、どんよりとした雲が流れてきた。


 そのせいで、すこし肌寒い。


 そんな中でも、僕たちは穴を掘り続けた。


 昨日と同じ場所を、昨日よりも深く。


 手のひらの皮はもう半分めくれていて、クワの柄を握るたびに、ひりひりと痛んだ。


 手を止めると、キリアンさんの言葉が戻ってくる。


 なんのために。


 いくら考えても、答えは出てこなかった。


 家族のためと、キリアンさんは言っていた。


 僕にはそういう、はっきりしたものがなかった。


 街でローデが、応募所に並んでいるのをみて、なんとなく気になった。


 よく分からなかったけど、適性があると言われて、訓練所に入った。


 そこでは、これは名誉ある仕事だと言われて、なんとなくその気になった。


 それだけだった。


「ヴィリー」


 ローデが、隣で手を止めていた。


「どうしたの? さっきから手が止まってるけど」

「……そんな、上官みたいなこと言うのはやめてくれよ」

「ごめんね。でも本当にどうしたの?」

「こんな穴掘りばっかだとは思わなかったよ。シュタイン隊って。穴掘り隊にでも、名前変えたほうがいいんじゃないか?」

「そんなこと言わないの。今は大変だけど、これが後で、私たちの命を助けてくれるかもしれないよ」

「命を助けるったって、敵なんてどこにもいないぞ。どうせ、前線の部隊が全部やっつけるだろ」

「それは……」


 ローデは少しだけ下を向いた。


 その顔も、少し疲れて見えた。


「どうした? 眠れなかったの?」

「……うん。あんまりね。ヴィリーもでしょ?」

「……ちょっと考えごとしてて」

「考えごと?」


 その時、ローデと目が合った。


「ローデはさ、なんでシュタイン隊に入ろうと思ったの?」

「……なんでって、それは――」


 その時、陣が急に騒がしくなった。


 一頭の馬が、土煙を上げて陣に駆け込んできた。


 乗っていた兵士は、鞍の上で半分崩れ落ちながら、それでも何かを叫んでいた。


「む、村が……っ、麓の村が、襲われてます!」


 その一言で、陣の空気が、音を立てて変わった。


「ゼ、ゼーラント部隊、です! や、やつら急に、現れ――」


 兵士はそう叫ぶと、馬から転げ落ちるようにして、地面にへたり込んだ。


 その背中は、血で真っ赤に染まっていた。



「出るぞ!」


 どこからか、号令が飛んだ。


「動ける者は武器を取れ! 村を救うぞ!」


 その瞬間、元訓練所の人たちの顔が、ぱっと明るくなったのが分かった。


「やっとだ」


 誰かが言った。


「やっと、俺たちの出番だ」


 やっと、戦える。

 やっと、誰かを助けられる。


 僕の胸にも、久しぶりにあの熱が戻ってきた。


 村を守る。


 もしかしたら、これかもしれない。


 なんのために。


 名誉のためでも、栄光のためでもなく、ただ、目の前で襲われている誰かのために。


 それなら僕にも、分かる気がした。


 ――けれど。


 少し離れた所に一人だけ、動けずにいる人がいた。


 僕と同じ日に訓練所に入った人だった。


 拳を握ったまま、膝が笑っていた。


 誰も、彼を責めなかった。


 たぶん、責める余裕が誰にもなかった。


 僕だって、胸の熱の下で、足の先が冷たくなっていくのを感じていた。


 その時隣で、舌打ちが聞こえた。


 キリアンさんだった。


 武器を取るでもなく、麓の方をじっと睨んでいた。


「……嫌な感じだ」


 ぽつりと、言った。


「嫌な感じ、ですか?」

「なんとなく、な」


 キリアンさんはそれだけ言うと、口を閉じた。


 それ以上は言わなかった。


 でもその横顔は、村が襲われたと聞いた時よりも、ずっと険しかった。


 やがてキリアンさんは、僕の肩を強く掴んだ。


「ヴィリー。俺のそばを離れるな。何があってもだ」


 その目は、笑っていなかった。


「わ、わかりました」


 わかったと言いながら、僕は何も分かっていなかった。



 僕たちは、丘を下りた。


 血豆を作りながら掘った、あの塹壕を背にして。


 あんなに必死に掘ったのに。


 でも、村が襲われているんだ。


 自分たちの掘った穴の中で、待っている場合じゃない。



 斜面を下るにつれて、足元がだんだん平らになっていく。


 振り返ると、陣のある丘が、思っていたよりずっと高く見えた。


 ローデが、すぐ後ろにいた。


 その顔は、青ざめていた。


「……ヴィリー」

「なに?」

「これが終わったら、また穴掘りかな?」


 ローデは、無理に笑おうとして、失敗していた。


「……だろうね」


 僕も、うまく笑えなかった。



 村に近づくにつれて、煙が見えてきた。


 黒い煙が何本も、空へ真っすぐ立ち上っている。


 前方を進む兵士の足が速い。


 兵士たちの背中を追って、シュタイン隊の僕たちは走った。


 息が上がる。


 体がやけに重い。


 いつもなら、なんてことがない距離なのに。



 そして、村に着いた。


 ――遅かった。


 もう、終わっていた。


 燃えている家。

 崩れた壁。

 ひっくり返った荷車。


 地面に、人が倒れていた。


 一人じゃない。

 何人も。


 動く人は、一人もいなかった。


「ひでえ」

「やつら、なんてことを……」

「おい、気をつけろ。敵が潜んでいるかもしれん」


 道の真ん中に、片方だけの小さな靴が落ちていた。


 その持ち主がどこにいるのか、考えないようにした。


 村は、とても静かだった。


 家の燃える音だけが、ぱちぱちと鳴っている。


 襲ったはずの、ゼーラント兵の姿は、どこにもなかった。


 守るべき村人も。


 僕は、なんのためにここへ来たのか、分からなくなった。


 村を守る。


 さっき芽生えたばかりのその答えは、もうどこにもなかった。


 守るものが、最初からなかったのだ。


 静かすぎる。


 そう感じた時には、もう遅かった。



 キリアンさんが、僕の腕をちぎれそうなほど強く引いた。


「――敵襲!」


 キリアンさんが、北のほうを指差した。


 その指が差すほうに、ずらりと影が並んだ。


 馬だった。


 何十、いや、何百という騎馬が、突然現れた。


 村の火が、ぱちぱちと鳴っている。


 その音の向こうで、角笛が、長く鳴った。


 合図だった。


 騎馬隊が一斉に、こちらへ突撃を開始した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。