7
「ごきげんよう、皆様」
「ごきげんよう、ノクティス先生!」
三限の鐘とともに、私たちは合唱練習のため講堂へと移動していた。
普段の教室よりも天井が高く、声がよく響く造りになっている。
磨き上げられた床に、整然と並べられた譜面台。
その中央に立つ人物は――
(……やっぱり、綺麗)
ノクティス先生は、噂に違わぬ“歌姫”そのものだった。
すらりと伸びた背筋。無駄のない所作。柔らかな微笑みをたたえたその姿は、まるで舞台の上からそのまま降りてきたかのように完成されている。
魔石通信越しに見た時よりも、ずっと現実味があって
(……あれ?)
ほんのわずかに、違和感があった。
細い。
とにかく、細いのだ。
特に腰のあたり。ゆったりとした柔らかな布地の衣服が体の線を曖昧にしているけれど、
それでも隠しきれないほどに華奢で――
健康を理由に若くして舞台を去った、という話が頭をよぎる。
(……無理をしていた、とか?)
そこまで考えたところで。
「では、本日はよろしくお願いいたしますね」
ふわり、と空気が変わった。
完璧な淑女の声色。柔らかく、それでいてよく通る発声。
(……通信の時と、全然違う)
どこか投げやりでぶっきらぼうな口調は影も形もない。
昨日は、大きな欠伸を手で隠しもしない感じだったのに。
(先生、裏表ありすぎ……)
思わず内心で呟くと、隣で小さく「くすっ」と笑う気配がした。
振り向けば、アリアが口元を押さえている。
「……何かおかしいですか?」
「ううん。なんでもない、です。」
そう言いながらも、肩がわずかに揺れている。
(アリアも、先生の本性を知ってるってことかな。)
アリアの落ち着きのない態度も気になるが、
他の女子生徒たちの騒ぎ方も大概である。
「きゃあ……本物……!」
「すごく綺麗……!」
前列の方で、ひそひそと、けれど抑えきれない興奮が漏れ出している。
(……まあ、そうなる…よね)
“元歌姫”の直々の指導。浮かれるなという方が無理な話だ。
“聖セシリア音楽院にてミレイユ・ノクティスに師事。”
今後の音楽人生において、自分のプロフィールにそう一言書けるだけでも、この音楽院に入学した甲斐があるというほどだ。
あの人の前に立てば、きっと誰だって浮き足立つ。
「――では」
ノクティス先生が、軽く手を打った。
それだけで、空気がすっと引き締まる。
「本日はCantus Nuptialis『婚礼』の合唱指導を行います」
ざわめきが、ぴたりと止まった。
「この曲は本来、独唱の歌曲ですが……今回は女声三部合唱として編曲したものを使用します。」
「新入生コンサートでは、新入生の皆様の合唱を披露しますから。そのつもりで取り組んでいただきますね」
穏やかな口調。しかし、言葉の芯はぶれない。
先ほどのざわめきが嘘のように、一気に教室が緊張感に包まれた。
「なお、昨日の魔石通信でもお伝えした通り――主旋律の譜読みは終えている前提で進めます」
(……やっぱり、全員に送ってたのね)
まあ、課題の連絡なのだから当然か。
(ということは、寮で全員受け取っているのよね)
――全寮制。
ゲームの設定通りだ。
改めて、その事実を実感する。
「では、声部分けのために……お一人ずつ、声を聴かせてください」
一瞬、空気が張り詰めた。
「順番に参りましょう。――まずは」
視線がゆるやかに流れ、
「――さん」
あれ、名簿順じゃない。
ざわ…と一瞬空気がざわつき、誰が指名されるかわからない緊張感へと変わった。




