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「…何を騒いでいるのでしょうか。」
ヴェロニカ・エーデルは、人垣の方へ静かに歩み寄った。
その声は決して大きくない。
けれど、不思議と周囲の会話が止まる。
整えられた巻き髪を揺らしながら、彼女は掲示板へ視線を向ける。
「この配役に、何か問題でも?」
先ほどまで噂話をしていた上級生達が気まずそうに目を逸らした。
ヴェロニカは掲示板を一瞥すると、小さくため息を吐く。
「聖セシリア音楽院の上級生、しかも貴族の生まれということであれば。」
「この音楽院がいかに実力主義であることか、とっくにご存知かと思いますが。」
「…アリア・フェリスさん。」
「彼女の歌、舞台での姿をご覧になったことがないのですか?」
空気が張り詰めた。
「もしご覧になった上で、そのような評価をなさるのであれば。」
「ご自身の耳を疑った方がよろしいのではなくて?」
誰も何も言えなくなる。
先ほどまでのざわめきが嘘のように静まり返った。
(……強い。)
私は思わず息を呑んだ。
「わ、私はそんなつもりでは…」
「そうですか。」
ヴェロニカはそれ以上追及しなかった。
けれど。
「でしたら、努力して結果を出した方への敬意は忘れないことです。」
その言葉だけは、はっきりとロビーに響いた。
「ヴェロニカ様、どうされたんですか?」
蜂蜜色の巻き髪を靡かせた少女が、小走りでロビーに到着した。
(——リディア・ハルフェン。)
裕福な商家の娘で、前期は私やアリアに陰湿で地味な嫌がらせを繰り返していた少女。
キラキラとした憧れの眼差しをヴェロニカへと向けている。
(…その髪型は、彼女への憧れだったのね。)
「……。」
おどおどとした赤髪の少女、エミリア・クラインも一緒だった。
(エミリア様は今日も静かなまま…)
「…どうもしませんわ。」
「貴方たちも、どうぞお帰りください。下校時間が近いのですから。」
取り巻きを振り払うように、ヴェロニカは二人を冷たくあしらった。
ロビーを後にした上級生たちの囁きや雑音が、私の耳には聞こえていた。
「ヴェロニカ・エーデルさん…急に何なのかしら。」
「少しノエル様に目をかけられているからって…」
(…ヴェロニカ様は、取り巻きに囲まれて偉ぶりたいわけではない。)
(あの気高さは彼女の本性かも知れない。でも…あの女王様のような態度は、何か演技のように見える…)
(まるで『悪役令嬢』でも演じているような…)
私には、ヴェロニカの意図が全くわからない。
それでもー
(敵対していたら、恐ろしいけれど。)
(味方にいたら、この上なく頼もしい方…)
ヴェロニカが私の姿に気がついて、真っ直ぐにこちらに近付いてくる。
その美しい瞳の奥の真意は、全く見えなかった。
「セレナ・ルクレツィアさん。」
「……ユリウスさんから、事情は聞いております。」
こちらに近付いてきたヴェロニカが、私に小さく耳打ちをした。
先ほどまで女王のような威厳を纏っていた彼女が、小柄な体で背伸びをする。
その姿が、不思議と胸を締め付けた。
(…近くで見ると、こんなに華奢で…小さな方なんだ。)
「周囲の雑音でしたら、どうぞご安心なさって。」
「貴方は、貴方のことにどうぞ集中してください。」
「…では。」
下級生に早く帰るよう声掛けをした手前、
ヴェロニカも簡潔に挨拶を済ませて颯爽と帰っていった。
(…結局、激励なのか、何かの牽制なのか、わからない…怖い…)
(…でも。)
ユリウスの言葉を思い出す。
『私は、ヴェロニカさんと入学当初から『あること』で結託しています。』
『ですから、私と組んでいることで、ヴェロニカさんが絡むトラブルは防げるでしょう。ほぼ、全てと言っていいくらいに。』
(…ユリウス様。)
(ヴェロニカ様の仰る通りだわ。私は私のやることに集中しよう。)
(大丈夫…私も、一人ではない。)




