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「秘密」の歌姫-元天才子役の私、負けヒロインに転生したので歌で運命を書き換えます。  作者: A Melon


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48 『Stella Maris』 レオニード・ルクレツィア

『Stella Maris』 レオニード・ルクレツィア

レオニード視点です。



「…忌々しい。」


「軽薄な劇場ならともかく、貴方のような者がこの修道院を訪れるなど。」



「…申し訳ございません。オレリア・ド・モンフォール修道院長。」


目の前で息の詰まるような問答が行われている。

オレリア・ド・モンフォール修道院長、と呼ばれた壮年の女性は、

聖職者と思えない悪鬼のような表情と言葉で、

目の前に傅く若者、ミレイユ・ノクティスを問い詰めていた。



(…ミレイユ先輩。)

(久しぶりに会ったら、更にやつれているな。)



「貴方の嘘が、どれほどの災難を産んだのか。」

「また一つ一つ、説明をしなければいけませんか。」


「聞けばまだ、聖セシリア音楽院で教育者の顔をして居座っているというではありませんか。」


見ていられない。

この女性の言葉を聞いていたくない。

僕はゆっくりと口を開いた。


「発言の許可を。」

「…オレリア・ド・モンフォール修道院長。」



「ええ、何ですか。レオニード・ルクレツィア。」


不名誉な経歴、

アウレリア帝国の教会のカントールをクビになった非常識な若造、

という見聞は意外に役に立つ。

不思議と躊躇いなくこの空気に割り込んでいけるからだ。


「今年度より、典礼の担当者は僕になりました。」


「はぁ…それが何なのですか。」

「そのお話はとっくに聞いていますが。」



「ですから、苦言があるなら僕に…」


「何が言いたいのです。」


呆れたような修道院長の言葉と、表情。

まるで話が通じない。

そうならば、と僕は早々に割り切ることにした。


「…そんなに僕が言いたいことを知りたいなら言ってやろう。」

「あなた方は、ミレイユ・ノクティスと同じ舞台で音楽を語る資格はない、ということだ。」



「…穢らわしい名前を。」


「ふ…あの才能を扱いきれず、

 ”歌姫”が自分たちの思い通りにならなかった逆恨みをしているだけだろ…」



「…レオニードさん。」


静かな声がその場を制した。


「言葉を慎んで欲しい。」

「君は今、誰の前で何を発言しているのか、わかっているのか。」


(…ミレイユ先輩。)

先輩は片膝をつき、修道院長に傅いた姿勢のまま短く言い放った。


修道院長は、攻撃したい相手-ミレイユ先輩に庇われたことがよほど屈辱なのか、

険しい表情で顔を真っ赤にして、体を震わせていた。


「…この、悪魔……」


「”お前”のその偽善のせいで、セラフィーヌ・ド・リュミエールは見てはいけない夢を見て…」

「そして、地獄の苦しみの中で死んでいった。」



「あの子は幸せになれると思っていたのに…」


修道院長の顔が悲しげに歪む。

ミレイユ先輩の表情は見えなかった。


「………。」

「私の母、セラフィーヌ・ド・リュミエールは、静かに天国で過ごしております。オレリア・ド・モンフォール修道院長。」


「今日のところは、こちらで失礼いたします。」



「…ええ、この門を潜ることがもう無いように願います。」


「ールシアン。」



修道院長は足早に退散して、自分たちも早々に修道院を去った。










聖セシリア祭の典礼には、修道院、女子修道院の協力と監修が不可欠である。


聖女・セシリアの歌や典礼における音楽院側の担当者を長年ミレイユ先輩が担当していたとのことだが、

今年女子修道院長となったオレリア・ド・モンフォールとの確執を理由に担当者を変更した。


(…それでセレナが聖女に、僕が担当者になったってわけか。)


その挨拶のために女子修道院を訪れたら、こんなことになってしまったということだ。



「先輩、悪かったよ。これから僕がここの担当者になるっていうのに…言い過ぎた。」



「まぁ…君の良くないところだね。」


「でも、助かった。オレリアおばさんのあの顔…見たかな?私はすっきりしたよ。」



そう言いながら先輩は震える指で、懐から薬草で作った丸薬を口に入れる。

まだ体調は万全では無いようだ。



「…レオニードさん、私の方こそ、悪かった。」

「ずっと、黙っていて…」


「私の本名は…」


(…ああ。)



(ー『ルシアン。』)


修道院長の声を思い出す。



「知っていたよ。」

「…えっ。」



「いや、ごめん。やっぱり知らない。」

「歌姫には違う名の一つや二つ、あるものだろう。だが、僕には関係のない話というだけだ。」



「貴方は”ミレイユ・ノクティス”。」


「聖セシリア音楽院の伝説的な初代エトワールであり、

 才色兼備の完璧な淑女。老若男女の誰もが貴方に憧れる。

 淑やかで、かつ嫋やかでありながら、凛としていて誰にも媚びない強さを持つ、気高い歌姫だ。」



「…違う。」

「私は、そんな存在じゃない。」



「…ああ。そうだね。」

「貴方が上手なのは歌と、舞台上の演技だけだ。」


「字の汚さや楽屋鏡前の汚さは”男顔負け”で」

「時折格好つけて『一人になりたい』とか言って使用人を遠ざけるけど、数日で部屋がゴミ屋敷同然になる。それも、人が住めないくらいのね。」

「性格も…猫被りで裏表が激しく、口が悪い。」

「その割に臆病で…」

「台本の暴力的なシーンや激しいシーンを読んで、リアルに想像してお腹を痛めている。」


(…そう。この人は…)

(嘘、虚構、作り話を全て自分の体に体験させて、そのリアルを歌で私たちに届けている。)


(自身を偽物だと思い込んではいるが、「本物」なんだ。)



「な…ちょっと、流石に言い過ぎじゃない?」



(…ようやく、先輩”らしい”声が出てきた)



「本当のことだろう。」


「でも…そんな頼りない貴方でも、僕の大事な妹にとっては恩師なんだ。」



「……。」



「忘れないでくれ、ミレイユ先輩。」

「セレナは、悩んだ時や迷った時は、貴方を道標にしている。」


「音楽院の生徒にとって、貴方は光だ。目指すべき星であり、闇を照らし道を示してくれる存在。」


「だから、貴方が勝手に自分の価値を落とすことを僕は許さない。」


「貴方のためじゃない、妹たちのためだ。仕事を放棄しないでくれ。」




(…僕ができるのは、この役割だけだ。)



「君は、本当に優しくないね。」


小さく笑う声が聞こえた。

その笑顔に、僅かに胸が締め付けられる。


(本当は。)

(歌うたびに壊れていく貴方を止めたい。)

(けれど僕は、その方法を知らない。)

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