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「…えっ」
「……えっ?」
私とレオニードお兄様の声が被り、同時に目を丸くした。
「いや…セレナさんはわかるけど、どうしてレオニードさんも驚いているの?」
ノクティス先生は口元を押さえ、肩を震わせていた。
そのつもりで一緒に私のことを試したのではないのか、とでも言いたそうだった。
「…僕は今年も聖女・セシリアはミレイユ先輩だと思っていたからね。」
「もう歌わないのか?」
兄の口から、ノクティス先生が長い間その典礼で聖女の役割を果たしていたことを知る。
「音楽院を卒業してからはずっとやめたかったけど…」
「今年、女子修道院長が変わってね…良い辞めどきがきたと思って。」
「……。」
お兄様の表情が僅かに曇った。
そして、少し考え込んだ後、真面目な顔になって私に話しかけた。
「…セレナ。」
「少し大人の話をするから、外してくれ。」
私はもう少し典礼の話や、聖女・セシリアの役割について聞きたかったが、
下校の時刻が近づいていたこともあり、先生と兄に挨拶をして足早に聖堂を出た。
(…私が、”聖女・セシリア”として典礼に出るなんて。)
長い間ずっとノクティス先生が務めていた役割。
ー音楽の守護聖人と言われる聖女。
大事な役割であることは容易に想像できた。
(でも…私が聖女・セシリアになるなら…)
(ノクティス先生が作った入祭の歌は、私は歌えない、ってこと…?)
(…そもそも、あの曲はダミー…?)
あの曲は使わないのかな、と考え込みながら音楽院の玄関へ向かっていると、
ロビーがざわついていることに気がついた。
ロビーでは、聖セシリア祭の演目や現状決まっている出演者などが張り出されていた。
音楽院では成績は公開されないことになっているが、
このような行事では大々的に公開されるようだ。
やはり注目が大きいのは、フルスコアで全幕上演される歌劇だった。
「…今年は”白薔薇のカントール”ですって…!」
「やっぱり、レオ役はノエル様ですわね。」
ロビーでは、歌劇の演目と主な出演者の話題で盛り上がっている。
華やいだ様子のざわめきの中に、不穏な声が混ざっていることに気がつく。
「…ミハイル役が一年生…?」
「…またこの子?」
もしかして、と思って私は背伸びをした。
人垣の隙間から掲示板を覗き込む。
”ミハイル ーアリア・フェリス(一年)(Ms.)”
(…アリア。)
(すごい、一年生で役名付きなんて。)
私は自分のことのように嬉しくなった。
けれど、その喜びはすぐに周囲のざわめきに掻き消される。
(早く、おめでとうって言いたい。)
辺りを見渡して、彼女が近くにいないかと探したが、姿は見つからなかった。
「この名前…平民の子よね…。」
「新入生コンサートでも抜擢されたっていうし、何だか不自然じゃないかしら?」
(……。)
(…あの子の歌を聞いたことがないのね。)
ー私から、何か一言言おうかしら。
そう思った瞬間だった。
「…騒がしいですね。」
聞き覚えのある、硬質で整った声が聞こえた。
(…この声は。)
ーヴェロニカ・エーデル様。
でも、目の前にいるのは私が知っている彼女の姿とは違っていた。
いつも無造作にまとめられていた髪は丁寧に整えられ、美しいボルドー色の巻き髪へと変わっていた。
眼鏡を外し、前髪を揃えたことで露わになった瞳は、琥珀の宝石を思わせるほど鮮やかで
小柄な体格にもかかわらず背筋は真っ直ぐに伸び、その佇まいはまるで女王のような威厳に満ちている。
(…こんなに、美しい方だったなんて。)




