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「…お久しぶりだね、セレナさん。」
弱々しい笑顔のノクティス先生が、聖堂で私を迎え入れる。
隣には何故か、レオニードお兄さまも一緒だった。
「お久しぶりにしてたのは先輩の方でしょ。」
「全く…か弱いエトワールは相変わらず、お腹も弱いようだ。」
私の兄は、病み上がりのノクティス先生にも容赦がないようだった。
「まぁね…恥ずかしながら、私はあの頃より体もお腹も…数段また弱くなったよ。」
先生はゆったりとした衣服の布で腹部を庇うような仕草をして、苦笑してみせた。
「やっぱりね。聖セシリア祭も近いし、夜中に歌劇の総譜を一気に読んだりしたんだろう?」
「どうせ、また…」
「違うよ。レオニードさん。」
穏やかな声のまま、ノクティス先生は兄を制止した。
詳しくはわからないが、
二人のやり取りからすると、どうやらノクティス先生は体、特に消化器官が弱く、
更に「あること」が不調のトリガーになるらしい。
だが、今回の不調はどうやら違っているようだ。
「…ちゃんと話す。だけど、先にセレナさん。」
「…どう?よく歌えているかな?」
先生は腰を落として、私と視線を合わせてくる。
相変わらず見透かしてくるような声や微笑ながら、いつもより力無く、無理をしていつも通り振る舞っている様子が痛々しかった。
「…いえ…正直、あまり、自分の中に落とし込めていなくて…」
私は自信がないことを誤魔化せないまま、視線を落とす。
真面目な空気に、お兄さまが割り込んでくる。
「ふーん…あ、そうだ。」
「セレナ。僕のヒントはどうだった?」
「…お兄さま。」
「あれは、ヒントなのですか?」
ノクティス先生と、レオニードお兄さまが顔を見合わせてきょとん、とした。
「あまりにも、関係を見つけられず…」
「私、何もわからなくて…」
私は、兄からもらった「ヒント」、古代の旋法が書かれた紙を出した。
何度も試行錯誤をして、紙がくしゃくしゃになっている。
「…セレナさん。」
「それ……本気で言ってる?」
ノクティス先生は目を丸くし、緩く開いた口が閉まらない様子だった。
何故か、不思議と先ほどよりも顔色が良くなったように見える。
「…ぷ…っ…あははは…!」
「セレナ、さすが僕の妹!」
聖堂にお兄さまの笑い声が響き渡る。
ただでさえ声の大きな人なのに、響きのある空間で大笑いするので、異様によく響いた。
「……。」
「…レオニードさん、これは君が説明して。」
嗜めるようにノクティス先生が兄に指示をした。
「…ふふ…そうだね。いや、見事だよ。」
「この音型は”Modus Lunaria”」
「月の音型、とも言うんだ。」
「…ほら、見て。主音へ導かれないのが特徴だよ。」
”Modus Lunaria”と書かれた譜面のメモを彼は指した。
お兄さまの説明は驚くほど簡潔でわかりやすく、素直に耳に入ってくる。
「原始の教会音楽と、合理的で聞きやすい近代の音楽を掛け合わせたくて、僕が考えた。」
「ミレイユ先輩はね。」
「こっちでわざと偽物の"Modus Lunaria"を書いた。」
「偽物の歌を扱うことにおいて、私の右に出るものはいないよ。」
ノクティス先生が飄々とした様子で冗談を言う。
私と兄は最大限に反応に困った。
「もう一回、見てみて。まるでこの二つ、似ているでしょ。」
白い指で、お兄さまが音型を指差す。
「………?」
「うーん……」
「…いいえ。やっぱり、似ていない…と思います。」
私は静かに首を振った。
「似ているのは譜面の形だけです。」
もう一度、二枚の譜面を見比べる。
何度見ても同じだった。
「どこへ向かいたいのか、が全然違う。」
「この曲は――」
そこで私は言葉を切った。
言葉にするのは難しい。
ーそう。
「「最後は主音に導かれる。」」
私とレオニードお兄さまの声が重なった。
兄は嬉しそうに目を細める。
「そうだ。」
彼は机の上の二枚の譜面を指先で軽く叩いた。
「…お兄さま…。」
「その……」
「…私は、この曲を偽物だと思って、歌っていなかったので…」
私はまだ、複雑な気持ちだった。
「だって、この曲…とても綺麗です。」
ふと、ノクティス先生が顔を上げたような気がした。
「主音に帰ろうとするのは、音の本能…自然なことです。」
「旋法が違うとか、偽物だとか、そうじゃない…。
私、この曲が…好きで…」
私が言葉を言い切る前に、
レオニードお兄さまは、私の頭を優しく撫でた。
「ありがとう、セレナ。」
ーそして。
「異論はないだろう、『ノクティス先生』。」
「…もちろん。」
「セレナさんには――」
「今年の聖セシリア祭の典礼で聖女・セシリアとして登壇してもらう。」




