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「秘密」の歌姫-元天才子役の私、負けヒロインに転生したので歌で運命を書き換えます。  作者: A Melon


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ー宿題。




今度試験をするから、しっかりとさらっておくこと。








寮の自室に置かれた楽譜と、乱雑な字のメモ。


癖のある走り書きの手書き譜面、

そしてこの雑な字は間違いなくノクティス先生からだった。


(…「今度」って、いつなんだろう。)


後期の初日に見かけて以来、ノクティス先生の姿を音楽院で見ていない。


先生はどうやら長らく体調が優れないらしく、

ここ最近はソルフェージュなどの一部のクラスをレオニードお兄様が代行している。


「セレナ・ルクレツィアの実兄」という肩書きが効いているのか、少なくとも今のところ、あの兄が女性達に追い回されているという話は聞かない。


(……どうなるかと思ったけど、意外と平和そうで良かった。)


(試験って言われると怖いけど。)

(先生と早くレッスンがしたいな…)



魔石通信は夏休み頃からずっとから調子が悪いらしく、

ずっと緊急メンテナンスを繰り返している。

そのため、先生と話せることも無かった。


アリアとは毎日顔を合わせているけれど、

彼女はオーディション前の調整や練習が佳境だそうで、あまりゆっくり話せていない。


ユリウスなど上級生とも、後期が始まってからほとんど顔を合わせていない。


どこか静かで、少し寂しい日々。

難しい課題に向き合うには、絶好の機会かも知れない。


視線を落として譜面を見ると、短い楽曲。

歌詞は


Kyria caelestis,

audi vota nostra.

Per aurae spiritum,

duc nos ad pacem.


天の聖女よ。

我らの願いを聞き届け給え。

精霊の風を通して。

我らを安らぎへ導き給え。


それだけだった。


(…でも。どうしよう。)


譜面には、「拍節」がない。

リズムが定まっていなくて、区切りもない。


伸ばす音の指定はあるが、その長さを自分で決めなければいけない。


(…これは、「典礼」の歌。)

音楽院では歌劇や歌曲を学ぶ機会の方が多いけれど、古来は教会音楽を土台として発展してきた。

そして、その中でも典礼歌は特別な存在だ。

日々の祈りのための聖歌とは違う。

戴冠式。

叙任式。

大祭礼。

神聖な儀式のためだけに歌われる音楽。

歌手が主役ではない。

聴衆を感動させるための歌でもない。

人々の祈りと共にあり、

儀式を支え、神へ言葉を届けるための歌。



夏休みの奉仕活動で、

子ども達が教会で歌っていた歌を思い出す。


(…違う。)


あの歌は、日々のお祈りの歌。

この歌はー

聖なる儀式、式典で神に届ける歌。


(…そういえば、私は一度もこの世界で正式な礼拝の儀式を見たことが無い…。)


「私」は転生者だから、未経験というだけで

貴族令嬢で音楽一家の「セレナ」にとっては身に染みついた景色なのかも知れない。



ふと、教会で歌うノクティス先生の姿を思い出した。

ステンドグラスの光。

誰もいない礼拝堂。

静かに響くあの歌声。


(そう、きっと…あのイメージが近いはず。)


(でも、あの日の歌は、「祈り」の歌…)



(この歌はきっと、祈りの前の「入祭」の歌…

そんな気がする。)


参照にできるものがあまりにも少ない。

何とかヒントになるものが欲しい、そう思いながら譜面を捲ると、


「ヒント」


まるで小さい子が一生懸命書き綴ったような字で大きく書かれていた。

ノクティス先生の字とは別の方向で汚い…

いや、個性的な字。


(…これは…レオニードお兄さまの字、かな…)


その紙を更に一枚捲ると、

手書きで古代の記譜法と教会旋法がびっしりと書かれていた。

先ほどの幼い字とは対照的に、几帳面に書き記されている。


(…これは。)

私は、この記譜法に見覚えがあった。

実家でお母さまから習って、帰るまでに必死に書き写していたものだ。


(……違う。)

私は実家で書き写してきた譜面を取り出し、並べてみた。

同じ旋法。同じ記譜法。

けれど、微妙に違う。


音の動き、

終止の作り方。

装飾の付け方も。


(……お兄様だ。)

これは単なる写本ではない。

レオニードお兄様自身が書いたものだ。

私は、その音型を覚えるだけで精一杯だった。

古い楽譜を読み解くだけでも苦労した。

けれどレオニードお兄様は違う。

過去を学ぶだけではない。

そこから新しい音楽を生み出している。

(……すごい。)

初めて私は、兄を一人の音楽家として尊敬した。


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