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その後話が二転三転としたが、
つまりレオニードお兄さまは今年度限定で音楽院の非常勤講師兼研究員として一時的に身を置くことになったらしい。
真面目な話、あの兄はああ見えて教会音楽における知見は相当なものらしく、
音楽の話で丸め込まれながら渋々ノクティス先生が納得していた。
(…あのノクティス先生にも、苦手な人がいるなんて。)
相当にご機嫌斜めだったのだろうか、午前中にノクティス先生の姿を見ることはなかった。
(…でも、レオニードお兄さまによろしく伝えておいて、って夏休みの前に言われたような…?)
お兄さまも結局あれ以来、音楽院の中で見ていない。
昼休みになり、私は聖堂の中庭で一人楽譜を眺めていると、後ろから声をかけられた。
「…セレナ。」
「僕のこと、探してた?」
「はい。」
「お兄さまはあんなに目立つのに、どこにもいないから不思議に思っていましたよ。」
兄は穏やかに微笑みながら、静かにベンチに腰をかけ、
私の隣に座った。
「……。懐かしいな、音楽院。」
「色々な意味で、あまり変わっていない。」
「…セレナは、どこまで知っている?」
「…?」
「ミレイユ先輩のことだよ。」
「……。」
「貴方も耳が良いからね。僕ほどではないけど。」
「……。」
私はどう返事を返したら良いかわからなかったが、
この兄の前では何でも話せるような、そんな安心感を感じて口を開いた。
「あまりよく知らないと思います。でも…」
「男性だってことは知ってるんだよね。」
「……はい。」
「だよね。」
軽い口調で兄が話す。
性格や仕草は全然違うけれど、横顔や空気感がやっぱりお母さまによく似ていた。
「…あの人が上手なのは、歌と舞台の上の演技だけだからね。」
「上手くやってると思ってるのは、意外に本人だけだよ。」
「周りは気付いてても、言わないだけ。」
私は深く、無言で頷いてしまった。
「……ただ、関係無いんだよね。」
「性別がどうであろうと、歌姫として成り立ってるって言うか。
今更どうでもいいって言うか。」
更に深く、何度も頷いてしまう。
(不本意ながら、今だけはお兄さまと意見が一致してしまった。)
「あとは本人の心次第ってところなんだけど…
まぁ、僕が助けられることはあまり無いだろうね。」
「……。
ノクティス先生は、レオニードお兄さまに性別を見破られていることはご存じなのですか?」
兄は扉の開いた聖堂の奥へと視線を遠く向けて、考え込んだ。
「…わからない。」
私は同じく視線を聖堂の中へと向けながら、「あの日」のノクティス先生とのやり取りを思い出していた。
ノクティス先生が男性であることを知っているのは、
本人の自認ではごく一部の人間だけだということ。
何となく感づいている者もいるらしいが、
先生は、それが誰なのかまでは語らなかった。
このことは、
二人にとって触れられないことなのかも知れないと思った。
「……僕は、ここの生徒だった頃から女子生徒や女性の先生達と揉め事を起こしていてね。」
「ミレイユ先輩だけはよく、僕を庇ってくれてた。」
「同じことを言ったとして、僕が言うのと、エトワールが言うのでは意味が全然違うんだ。」
「…うーん…何か、相変わらず冷たかったけど。」
懐かしそうに、目を細める。
「先輩、怖い先生でしょ。」
「…はい、とっても。」
数拍合間を置いて、私たちは思わず笑い出した。
「…さて。」
衣服を整えると、彼は素早く立ち上がった。
「作曲のレッスンに行ってくるよ。」
先ほどまでのゆったりした雰囲気は消え、
意味深な笑みを湛えている。
「1年生のカミーユ・ルグランさんだっけ。
教会音楽を作ってるそうじゃないか。一緒に和声をつけてくる。」
お兄さまの口の端が僅かに震えている。
(……まさか。)
(…お兄さまが、緊張してる…?)




