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礼拝は驚くほど穏やかに終わった。
何一つ大きな問題は起きず、最後の賛美歌が終わり、講堂に拍手が広がる。
子ども達は誇らしそうな顔をしていて、どこか神聖な雰囲気すら纏っていた。
(……そうか。)
片付けをしながら、ふと思う。
(お互いに安心と信頼があると、こんなにも演奏しやすいんだ。)
ただ音楽そのものへ集中できる。
そんな当たり前のことを、
私は今日初めて知った気がした。
アリアは町の子どもたちを送るために、先に教会を後にした。
教会に残っているのは、私とノエル、牧師の3名だけとなった。
礼拝後に椅子を片付けていると、年配の牧師が穏やかに声をかけてきた。
「ありがとう、セレナさん。」
「いえ。こちらこそ、とても勉強になりました。」
「ふふ。」
牧師は優しく微笑む。
「アリアさんも、とても喜んでいましたよ。」
「そうなのですか?」
「ええ。」
牧師は頷いた。
「彼女、この教会には幼い頃から来ていますから。」
私は思わず手を止める。
「そうだったのですね。」
「港町の宿屋の娘ですからね。」
牧師は懐かしそうに語った。
「冒険者や商人達が行き交う賑やかな宿です。」
「兄弟姉妹も多くて、町では有名な子でしたよ。」
私は少し意外に思った。
アリアは誰とでも仲良くなれる。
けれど、自分の話はあまりしない。
「聖セシリア音楽院へ特待生として入学した時は、大騒ぎでした。」
牧師が苦笑する。
「町中がお祭りのようで。皆、自分の娘や妹が入学したみたいに喜んでいました。」
その光景は容易に想像できた。
「ただ。」
牧師は少し言葉を選んだ。
「以前の彼女は、少し心配でもありました。」
「心配……ですか?」
「明るくて。」
「優しくて。」
「誰からも好かれる子でした。」
そこで一度言葉を切る。
「ですが、自分というものが見えなかった。」
私は静かに耳を傾ける。
「相手が望む言葉を察して、自分の役割をすぐ理解する。」
「空気を読むのが上手すぎたんです。」
牧師は少しだけ笑う。
「でも、久しぶりに帰ってきた彼女を見て安心しました。」
「安心?」
「ええ。」
窓から夏の光が差し込む。
「相変わらず優しくて、明るくて…相変わらず人が好き。」
「けれど、自分で考えて、自分で選ぼうとしている。」
「音楽院で良い出会いがあったのでしょうね。」
私は少しだけ胸が温かくなった。
アリアの顔が浮かぶ。
歌劇の話をする時。
歌を歌う時。将来はどうしたいかと悩む時。
確かに以前より、自分の意見を口にするようになった気がする。
「最近は。」
牧師が楽しそうに続ける。
「海で遊ぶ時間を減らしているらしいですよ。」
「え?」
思わず笑ってしまう。
「夏休み明けのオーディションがありますからね。」
「日焼けをしすぎないようにしたいそうです。」
「アリアらしいですね。」
「ですが同時に、兄弟達と遊びたいとも言っています。」
「早く音楽院へ戻りたい。でも家族とも一緒にいたい。」
「そのことで悩んでいました。」
成長とは、
そういうことなのかもしれない。
一つの場所だけでは満足できなくなる。
大切なものが増えていく。
「……そういえば。」
牧師がふと思い出したように言った。
「アリアという名前の由来は知っていますか?」
「いいえ。」
「聖セシリアです。」
私は目が瞬いた。
「正確には、少し文字を並べ替えていますが。」
「アリアのお母様は、明るい産声を聞いた時に思ったそうですよ。」
『この子には希望のある名前を付けたい。』
「それで、音楽の守護聖人である聖セシリア様のお名前から取ったそうです。」
私は思わず祭壇の方を見る。
聖女セシリアの像。
竪琴を抱くその姿が、どこかアリアと重なった。
「本人は知らないんですけどね。」
「町の人間は皆知っていることです。」
「アリアは、この町の希望なんですよ。」
―希望。
その言葉が妙に心へ残った。
私がまだその余韻に浸っていた時だった。
「セレナさん。」
穏やかな声が聞こえて、後ろを振り返った。
講堂の入口で夕陽を背にして立っていたのは、ノエルだった。
「少し、お話してもいいかな。」
いつもと変わらない優しい微笑み。
けれど、その表情はどこか真剣にも見えた。
私は思わず姿勢を正した。
「……はい。」
ノエルは小さく頷く。
「ありがとう。」
そう言って、
彼女はゆっくりとこちらへ歩いてきた。
――後期が始まる前に。
どうやら、エトワールには話しておきたいことがあるらしかった。




