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「秘密」の歌姫-元天才子役の私、負けヒロインに転生したので歌で運命を書き換えます。  作者: A Melon


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夏休みに入り、ルクレツィア家へ帰ってから、様々なことがあった。


アルディエ家との婚約話。

家族との再会。

そして気付けば、もう音楽院の寮へ戻る日になっていた。


(……もっと、家にいたかったな。)

お母様が作曲家から鍵盤奏者へ転向した頃の話も聞きたかったし、音楽院やエトワール制度についてどう思っているのかも、もっと話をしたかった。


けれど、教会音楽や教会旋法に詳しい母とのレッスンは得るものが多かった。

何より、その時間がとても楽しかった。

(……後期は、教会音楽のレパートリーに進もうかしら。)


ここ数日で、安心できる環境の中で練習やレッスンに打ち込める幸せを知った。

マティアスお兄様とお茶を飲みながら話す時間も、もっと欲しかった。

それに。


(お父様にも、レオニードお兄様にも、お会いしたかったな。)

(……きっと、近いうちに会えるわよね。)


馬車は音楽院近くの教会へ向かっていた。


私は今日、音楽院から課されている奉仕活動のため、そこへ向かっている。

それを終えたら、そのまま馬車で寮へ戻る予定だった。


馬車が止まった先には、白い石造りの教会があった。

尖塔には小さな鐘が吊るされている。

正面広場には噴水があり、その中央には竪琴を抱いた聖女の像が立っていた。

――聖セシリア・グラティア教会。


音楽院の学生達が奉仕活動でよく訪れる教会だった。


牧師達へ挨拶を済ませ、講堂へ入る。

その瞬間、ゆったりとした温かなオルガンの和音が耳に届いた。

合唱隊の伴奏練習だろうか。

視線を向けると、見覚えのある後ろ姿があった。


薄翠色の短い髪。

まっすぐ伸びた背筋。

白いパンツ姿の女性が、長い脚でオルガンのペダルを踏んでいる。


(……ノエル様?)


一曲を弾き終え、その人物がこちらを振り返る。


――やっぱり。


「こんにちは。一年生のセレナ・ルクレツィアさんだね。」

柔らかな笑み。

「夏休みに会えるなんて嬉しいな。」


それは間違いなく、エトワールのノエル・フォン・アルシェールだった。


まさか向こうから名前を呼ばれるとは思わなかった。

思わず背筋が伸びる。


「はい。ノエル・フォン・アルシェール様。」

「お名前を覚えていただいているなんて、光栄です。」

「ふふ。」

ノエルは少し楽しそうに笑った。

「ノエルで構わないよ。」

「すごく優秀な新入生が入ってきたって、前から話題になっていたからね。」

「それに、新入生コンサートでは一緒だったでしょう?」

「もちろん覚えているさ。」

そう言われると、ますます恐縮してしまう。


「今日は奉仕活動かな?」

「私も同じなんだ。どうぞよろしく。」

どこまでも自然で、気負いがない。

誰もが憧れるエトワールなのに、その振る舞いは驚くほど親しみやすかった。

(……眩しい。)

私は少しだけ目を逸らしたくなる。


簡単な打ち合わせの結果、私はオルガン伴奏を担当し、ノエルは合唱指導を行うことになった。

そして子ども達が教会へ集まり始めると、案の定ノエルの人気は凄まじかった。


「ノエル先生ー!」

「今日も歌うのー!?」

「隣座っていい!?」

次々に子ども達が集まっていく。


ノエルは嫌な顔一つせず、一人ひとりに返事をしていた。

合唱指導の言葉は優しく分かりやすい。

お手本の歌唱は当然のように美しい。

子ども達はすぐに夢中になった。

「私、大きくなったらノエル先生と結婚する!」

「僕も!」

「僕の方が先だから!」

「私だもん!」

講堂は一気に騒がしくなり、私は思わず伴奏を止めそうになった。

(…すごい…女の子にも、男の子にも大人気。)


ノエルは困ったように笑いながら肩を竦める。

「あはは。」

「じゃあ、そのためにも頑張って長生きしないとね。」

子ども達が歓声を上げる。

(……そんなに年齢差、無いと思いますが…。)

心の中でだけ突っ込んだ。


舞台の上で見るノエルは、圧倒的な輝きを放つ特別な存在だった。

けれど今、子ども達に囲まれて笑っている彼女は、普通の優しいお姉さんに見えた。


ふと、昨日アルディエ家の図書館で読んだ寄稿文を思い出す。

『音楽は競うためにあるものではない。』

『誰かと分かち合うためにある。』

昨日、アルディエ家の図書館で読んだノエル様の寄稿文の一節だった。


子ども達と一緒に歌うノエルを見ていると、その言葉が少しだけ理解できた気がした。

(……そうか。)

(ノエル様は、本当に子ども達と歌うことが好きなんだ。)


子ども達との練習がひと段落した頃だった。

講堂の扉が開き、追加の奉仕活動組が到着する。


年少の子ども達ではなく、もう少し年上の少年少女達の集団だった。

「はい、慌てなくて大丈夫ですよ。」

「順番に入ってくださいね。」

聞き覚えのある声に、私は思わず振り返る。

栗色の髪。

見慣れた笑顔。

――アリアだった。

彼女は数人の子ども達を引率しながら講堂へ入ってきて、こちらに気付いた瞬間、ぱっと目を輝かせた。

「セレナさん!?」

次の瞬間には、引率役であることも忘れそうな勢いでこちらへ駆け寄ってくる。

「どうしてここに!?」

「奉仕活動よ。」

「私もです!」

「…とは言っても、私は奉仕というよりは一緒に歌うっていう感じなのですが。」

嬉しそうな声だった。


そのまま勢いよく話し始めようとして――

ふと、アリアの視線が私の隣へ向く。

「……あ。」

固まった。


その先には、子ども達に囲まれたまま微笑んでいるノエルがいる。

「こんにちは、アリアさん。」

「ひゃっ……!」

アリアの背筋がぴんと伸びた。


「ノ、ノエル様!?」

「お久しぶりです!」

見事なまでの直立不動だった。

その様子に、ノエルが思わず吹き出す。


「そんなに緊張しなくて大丈夫だよ。」

「む、無理です……!」


顔を真っ赤にするアリア。

私は思わず小さく笑ってしまった。


もうすぐ、夏休みが終わる。

けれど――。

どうやら後期も、退屈する暇はなさそうだった。


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