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「カミーユ・ルグランさんの情報は、私もそれ以上持っていません」
ユリウスははっきりと言い切った。
彼個人だけではない。
アルディエ家の情報網をもってしても追えない。
それはつまり、カミーユの出自が意図的に隠されているという証拠だった。
「……作曲専攻、とのことですが」
ユリウスは話題を切り替えるように別の資料を開いた。
「一年生にしては非常に意欲的ですね」
そこには音楽院へ提出された作品の一覧が並んでいた。
鍵盤曲。
歌曲。
室内楽。
思っていた以上に数が多い。
しかも、そのほとんどが既に演奏実績を持っている。
(……すごい。)
私は素直に感心した。
けれど。
視線を下へ移すにつれて、だんだん複雑な気持ちになっていく。
『Clavia Mortis ―― 死の鍵盤』
『絞首台の上のかささぎ』
『嘘吐きうさぎの鉄靴の踊り』
『十三番目の棺桶職人』
(……曲名が怖い。)
思わず資料を持つ手が止まった。
不穏な単語ばかりが並んでいる。
「趣味が一貫していますね」
ユリウスが真顔で言った。
「そうですね……」
私も真顔で頷くしかなかった。
むしろここまで徹底していると、一種の芸術性すら感じる。
私とは違うものが見える人なのかも知れない。
そんな中。
一つだけ異質な題名が目に留まった。
『Stella Maris』―― 海の星。
古代語だ。
私は小さく首を傾げる。
(教会音楽かしら。)
何となく気になり、私はその作品の記録を開いた。
すると。
添付されていた歌詞の冒頭が目に飛び込んでくる。
Ave, o stella cadens,
lumen super mare noctis.
「……あ。」
聞いたことがある。
―いや、聞いたどころではない。
私は、この歌を知っている。
思い出していた。
聖堂の静寂も、ステンドグラスも。
そして、
誰もいないはずの礼拝堂で響いていた、あの美しい声。
『――祝福を。』
『堕ちゆく星よ。』
『夜の海に光を落とす者よ。』
ノクティス先生が歌っていた曲だ。
「……セレナさん?」
ユリウスが不思議そうにこちらを見る。
思い出してついぼんやりとしてしまったが、私は慌てて資料へ視線を戻した。
「い、いえ」
「少し知っている曲だったので……」
そう答えながらも、心臓は落ち着かなかった。
新入生コンサートの日の、ノクティス先生の言葉を思い出した。
『…大丈夫。彼自身は、すごく良い子だから。』
『きっとあなた方は、彼と関わることになる。』
(……ノクティス先生が、カミーユ様の正体を知っているようには思えない。)
(知っていたら、きっとあの人は隠せない。)
それでも、先生は彼を「良い子」だと言った。
出自でもなく、才能でもない。
人柄を語っていた。
(つまり……。)
(何かしらで関わっている。)
そうでなければ、あんな言葉は出てこないはずだ。
カミーユ・ルグラン。
その周囲には、隠されているものが多すぎた。




