表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「秘密」の歌姫-元天才子役の私、負けヒロインに転生したので歌で運命を書き換えます。  作者: A Melon


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
35/48

35

「白薔薇のカントール」が、音楽院で上演される。

それも聖セシリア祭で。


「主要キャストは既にほぼ決定しています」

「一応オーディション形式は取りましたが、レオ役は満場一致でノエル様に決まりました」


 ――確かに。

 ノエルのレオ役は、あまりにも似合いすぎる。


 ほとんど、“彼女のために演目が決まった”と言われても納得してしまうくらいには。


「……ええ。きっと素敵でしょうね」

「あの方の舞台姿が、簡単に想像できます」


ノエルの歌声。

柔らかな微笑み。

そして、人を惹きつける不思議な清らかさ。

確かに“白薔薇のカントール”そのものだ。


「私としては、少なからず複雑な気持ちですが……」


実の兄がモデルとなった歌劇を、自分の通う音楽院で上級生達が演じる。

私は思わず本音を零してしまった。


「……ふふ」

 ユリウスが肩を震わせる。

「ははは……それは、そうでしょうね」


 どうやら我慢できなかったらしい。


 声を上げて笑う姿が、少し意外だった。

 笑うと目尻が大きく下がることも、普段との落差がある。

 ――この人も普通に「人間」なんだな。それも、年相応な。

 そんな妙な感想が頭をよぎった。


 もっとも、アルディエ家は国内公演や劇場興行にも関わっている。

 レオニード兄様の件も、外国の話とは言え“音楽界の小さな醜聞”として既に耳へ入っていたのだろう。


「……そして」

 ユリウスは、いつの間にか再び静かな声音へ戻っていた。


「レオの相手役――侯爵夫人エレナ役には、ヴェロニカさんが選ばれました」


「……!」

 私は思わず息を呑む。


「ヴェロニカさんは、入学以来ずっと優秀でした」

「ですが同時に、“どこか本気を出していない”ようにも見えていた」

「人前へ出ることも、意図的に避けている節があった」


 ページをめくりながら、ユリウスは静かに続ける。


「……ですが、今回は違います」

 その言葉だけで、空気が少し変わった気がした。


「聖セシリア祭では、エトワールが代替わりします」

「ヴェロニカさんは、ほぼ確実にノエルさんからそのバトンを受け取るでしょう」


(……なるほど)

(でも、それがどうして……)

 自分と関係してくるのか。


 そう思った、その時だった。


「……アリア・フェリスさん」

 不意に、ユリウスの口から意外な名前が出てくる。


「彼女の前期期末試験の成績上昇は目を見張るものがあります」

「新入生コンサートでの抜擢、その印象も大きい」


 急に話が身近になり、私は目を見開いた。


「何より、彼女自身に“歌劇へ出たい”という強い意欲がある」

「夏休み明けに行われる『白薔薇のカントール』の追加オーディションで、上級生に混ざって役を得る可能性は十分あります」


そう言いながら、ユリウスは『白薔薇のカントール』のフルスコアを机へ置いた。

重い。

物理的にも、この話の意味としても。


「結果次第では、レオの教え子である少年ミハイル役に」

「少なくとも、孤児や修道女など、何らかの役は得るでしょう」

アリアが舞台へ立つ姿を想像する。

きっと、彼女は喜ぶ。

あの子は本当に舞台が好きだから。

 

けれど同時に、胸の奥に、説明しづらい不安が生まれた。


「……婚約者候補のご友人、という立場であれば」

「私もアルディエ家の人員と情報網を使い、彼女を様々なトラブルから守ることができます」


ユリウスの声音は、どこまでも穏やかだった。

私は固く閉ざしていた唇を、ゆっくりと開く。

「……確かに」

「ヴェロニカ様が“良い意味で”本気を出してくるのであれば、ノエル様も変わろうとするでしょう」

 

ノエルは優しい。

あれだけ華のある空気を纏いながら、どこか受け身でもある。

だからこそ、ヴェロニカの情熱は、きっと彼女を変えてしまう。


「公演そのものは、素晴らしいものになると思います。」


「……でも、稽古はきっと……」

 そこまで言いかけたところで、ユリウスが静かに頷いた。


「ええ」

「少なからず、“白薔薇のカントール”の稽古は荒れるでしょうね」


断言だった。

けれど、その口調には面白がるような色はない。

ただ淡々と、“起こりうる未来”を確認しているような声音だった。


「ご友人の心配が先に来るあたり、貴方らしいですが」

ユリウスが、ふとこちらを見る。

瞳が静かに細められた。


「……何より、私は貴方が心配です」


「セレナさん」

「貴方もまた、聖セシリア祭で確実に注目を浴びることになるでしょう」


その瞬間。

図書館の空気が、少しだけ冷えた気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ