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実際、アルディエ家の豪華絢爛な図書館で行われたことは、確かに“プレゼン”――あるいは“作戦会議”だった。
ユリウスは図書館のカウンターから資料や譜面を取り出し、慣れた手つきで机へ並べていく。
その後、私達は近くの閲覧席へ腰掛けた。
あれだけ多くの使用人がいるのに、彼も、その父親も、自分で動いて何かをすることを好むらしい。
どこか不思議な家だと思った。
「……さて」
資料を開きながら、ユリウスが口を開く。
「ヴェロニカ・エーデルさんは、ご存知ですね」
「今年の聖セシリア祭で、最も注目を集める方の一人でしょう」
まるで辞典の項目を読み上げるような口調だった。
私は少しだけ唐突に感じる。
(……どうして今、ヴェロニカ様のお話が出てくるのかしら)
けれど、何の意図もなくユリウスが話題を選ぶとは思えなかった。
私は口を挟まず、そのまま続きを待つ。
同学年ということもあり、ユリウスから語られるヴェロニカの情報には、私の知らないものも多かった。
ヴェロニカ・エーデル。
楽譜や音楽専門書の印刷・出版を手がける、新興中流貴族エーデル家の令嬢。
――東方から伝わった印刷技術は、近代音楽の発展そのものを支えている。
楽譜を大量に複製し、多くの人間へ届けられるようになったことで、芸術音楽は一部の宮廷文化から、より広い世界へ開かれていった。
「新興貴族である以上、エーデル家は“実績”を必要としています」
ユリウスは一枚の譜面を指先で軽く叩いた。
紙の乾いた音が、静かな図書館に小さく響く。
「ヴェロニカさんへの英才教育も、その一環でしょう」
つまり。
優秀な令嬢として名声を確立し、より上位の貴族社会へ食い込むための教育だ。
事実、ヴェロニカは聖セシリア音楽院へ入学して以降、ほぼ全ての科目で首席を維持し続けている。
「一見、恐ろしい程に隙のない方ではありますが」
一瞬、ユリウスの声色が変わった。
(…ユリウス様がそうおっしゃるなら余程なのでしょうね。)
「彼女の本質は、決して悪人ではない。」
「…ですが。」
「そこに、あの方の難しさがあります。」
私は、新入生コンサートの楽屋でのやり取りを思い出していた。
勘違いではあったが、エトワールであるノエルとの衣装被りを巡って揉めた。
(…確かに。)
(あの時は、私が「平民へのいじめ」と「上級生の衣装と色を被せる非常識」を重ねたと思われた。)
(あの時の強い物言いは、ヴェロニカ様の正義感から取った態度ではある。)
「特に、ノエル様が関わると余計に難しい。」
「あの二人の関係は、他者が簡単に入っていけない複雑な何かがあります。」
(…それも、何だかわかる気がする…)
私は相槌だけで、ユリウスの話を黙って聞いていた。
まだ、話の先が見えない。
「私は、ヴェロニカさんと入学当初から『あること』で結託しています。」
「ですから、私と組んでいることで、ヴェロニカさんが絡むトラブルは防げるでしょう。ほぼ、全てと言っていいくらいに。」
(…ユリウス様はヴェロニカ様と、入学当初から何かでつながっている。)
(……つまり)
(ユリウス様側につく限り、ヴェロニカ様とは敵対しない、ということ……?)
「…そのことが、どう私と関わってくるのでしょうか。」
ようやく私が口を開くと、ユリウスはよく聞いてくれた、とでも言うように口角を上げた。
「『白薔薇のカントール』が、今年の聖セシリア祭で上演されます。」




