33
結局、この婚約(仮)の話で、私は答えをすぐに出せなかった。
今日は、正直に「即決はできない」ということを伝えるために。
そして、今後も学友としての関係は続けたい。
――その意思を伝えるために、アルディエ家へ向かっている。
屋敷へ着くと、ユリウスはごく自然に私をエスコートした。
馬車を降りるタイミング、歩幅。
階段へ添えられる手。
どれも洗練されていて、嫌味がない。
わざわざ迎えに来てくれるところも含めて、いかにも彼らしい気遣いだった。
アルディエ家当主への挨拶も、案外あっさり終わった。
ユリウスは三男。
少し歳の離れた姉、音楽院出身ではない長女は非常に優秀な経営者として育っており、長男も既に結婚している。
後継者問題は、既に解決済みらしい。
(……だったら、尚更どうして私達が……?)
私の疑問を見透かしたように、アルディエ家当主
フィリップ・ヴァルツェン・ド・アルディエが穏やかに口を開いた。
「何。ユリウスが、どうしても貴方と結婚したいと言うものでね」
さらりと、とんでもないことを言われた。
「もちろん、無理強いをするつもりはないよ」
「我が家としては、ルクレツィア家とのお付き合いを深められるだけでも十分ありがたい」
「あとは、若い当人同士にお任せしよう」
その時のユリウスは、いつも通り穏やかに微笑んでいた。
むしろ普段以上に、真意が見えなかった。
(……この方が、ユリウス様のお父様)
ユリウスと同じ、淡いプラチナブロンドの髪。
年齢を感じさせない若々しさ。
洗練された立ち居振る舞い、穏やかな声。
どう見ても魅力的な紳士だった。
けれど私は、その穏やかさの奥にある“何か”が恐ろしくて、どうしても緊張が解けなかった。
(ユリウス様も、お父様も……良い方だけど……)
二人とも優しく、穏やかで、理性的だ。
でも。
まるで最初から“理想的な答え”が用意されていて、そこから逆算して会話しているような違和感があった。
(……そう。まるで……)
ふと、生前の感覚を思い出す。
ユリウスとの会話は、生成AIと話していた時の感覚を、どこか思い起こさせた。
正しい返答。
美しい言葉。
安心感。
―そして、決定的な“何か”の欠落。
大きな屋敷の長い廊下を歩きながら、私とユリウスは二人きりで別館の図書館へ向かっていた。
豪華な屋敷。
一級品ばかりの調度品。
大勢の使用人等の、寸分違わぬ規律。
(この家……まるで大企業みたい。)
同じ子爵家でも、ルクレツィア家とはまるで違う。
あの家が“暮らし”なら、ここは“組織”だった。
(……ここが、私の“我が家”になる想像は、まだできない)
それでも。
別館の図書館へ足を踏み入れた瞬間、私は思わず息を呑んだ。
長い廊下の先で、使用人が恭しく扉を開く。
そこに広がっていたのは、音楽院以上の蔵書と楽譜を抱えた、重厚な図書館だった。
「……私の存在が、貴方の道を阻むのであれば」
二人きりになった途端、ユリウスが静かに口を開く。
「その時は、この話は一切、無かったことにしてください」
柔らかな声音だった。
けれど。
「……もっとも」
そこで彼は、ほんの僅かに笑った。
「そんなことで揺らぐようなら、アルディエ家の終わりも近いのでしょうけれど」
二人きりになった途端、妙にユリウスの声へ生気が宿る。
瞳に光が灯り、少しだけ、人間らしい熱が見えた気がした。
(……今度は、何のプレゼン……?)
ユリウスはちょっと可愛いポンコツ生成AIを擬人化したイメージして書いています。




