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「秘密」の歌姫-元天才子役の私、負けヒロインに転生したので歌で運命を書き換えます。  作者: A Melon


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3/22

3

朝の空気は、ひどく澄んでいた。

窓を開けると、やわらかな光が部屋に流れ込む。

昨日の不安が嘘みたいに、世界は整っていた。


(……夢、じゃない)


 鏡の前に立つ。

そこにいるのは、やっぱり——セレナ・ルクレツィアだった。


ゆっくりと、息を吸う。喉に意識を向ける。

 (……出る。)

音の位置も、息の流れも、全部わかる。

(……すごい)

この体は、よく訓練されている。無駄がない。迷いもない。

——“上手い歌”が、最初から入っている。


(でも)


昨日の感覚が、蘇った。

舞台の上。拍手。

そして——何も残らない感覚。


ため息をついた後、自分を奮い立たせた。

大丈夫、やるって決めたんだから。


身支度を整え、音楽院へ向かう。

 石造りの門。広い中庭。

行き交う生徒たちは、どこか誇らしげで、穏やかながら少しだけ張り詰めている。

 ——ここが、舞台。

 

 教室に入ると、視線が集まった。

「セレナ様」

「お加減はもうよろしいのですか」


 学友の丁寧な声。適切な距離。

これだけで、私の立場や学校生活がはっきりとわかる。


「ええ。ご心配をおかけしました。」

自然に、言葉が出る。セレナの声、表情で。


(……ほんと、この姿も、声も便利)

少しだけ、皮肉に感じた。



「では、始めましょう」

 教師の声で、教室の空気が締まる。

「本日は基礎発声と、簡単な新曲視唱を行います」

 順番に名前が呼ばれていく。

 誰もが上手い。音も、技術も、申し分ない。


「セレナ・ルクレツィア」

 名前を呼ばれて、私は前に出た。

 視線が集まる。

 ——慣れているはずなのに、少しだけ違う。

大丈夫。大学でも、この科目には自信があったから。

初見の譜面を使って、正確な音程を歌う訓練をする授業だ。


 息を吸う。

 声を出す。


 ——完璧だった。


音は正確で、響きも美しい。

無駄がない。揺れもない。


歌い終えると静かな拍手が聞こえた。

 頷く教師。

 ——そして。それだけ。


(……ああ)

胸の奥が、冷たくなる。


「次。アリア・フェリス」


その名前で、空気が変わった。


教室の隅から、一人の少女が前に出る。

 飾り気のない髪。

 素朴な雰囲気ながら、瞳が澄んでいて、不思議な輝きを感じる子だった。

——目が離せなかった。


 彼女が、息を吸う。

 歌が始まる。


誰かの呼吸が止まる。

次の音を、表現を、聴きたくなってしまう。


教室の温度が、少しだけ変わった。

誰かが、息を呑む。


(……なんで)


技術なら、私の方が上のはずなのに。


歌が終わり、拍手が起こった。

さっきよりも、少しだけ大きい。


授業が終わると、あの子がそっと私に近付いてきた。

「あの…」

「……すごく、綺麗でした」

 アリアが、こちらを見て言った。

 まっすぐな目。

 悪意なんて、ひとつもない。

なんて純粋な瞳、間違いなくヒロインの輝きを持っている。


私は、いつも通りの完璧な笑みで

「ありがとうございます」

静かにそう返した。


(この子には、敵わない運命なのかな)


胸の奥で、静かに納得する。


(努力、正しさ…それだけじゃ、どうにもならない運命もあるのかも)


(……でも、それが何)

 視線を上げて、アリアを見る。


(私は、セレナをやりきってみせる)

 負ける役でもいい。

 選ばれなくてもいい。

(この役、ちゃんとやりきりたい。)


「新入生コンサートの選出、頑張りましょうね。」

先ほどと変わらない変わらない微笑みで、私はアリアに話しかけていた。


アリアの肩が、わずかに揺れた。




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