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「秘密」の歌姫-元天才子役の私、負けヒロインに転生したので歌で運命を書き換えます。  作者: A Melon


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ルクレツィア家へは、明日帰る予定だ。

けれど、今わかる家族の情報は、帰省の日程調整のためにやり取りした数通の手紙の中に限られている。


(今のところわかるのは……)

父親のエドゥアール・ルクレツィアは、

外国の大貴族に仕える音楽家だ。

働き先の事情はかなり特殊らしく、

私の帰省に合わせて帰国することは叶わないという。

——つまり、今回は不在。

母親のクラウディア・ルクレツィアは、丁寧な手紙を書いてくれていた。

少なくとも、母には会える。

(……問題は、お兄様達だ。)

手紙の文面に記されていた兄達について、私は何も知らなかった。

『レオお兄様は事情があって今は帰国できませんが、マティお兄様が、貴方と会える日を心待ちにしています。』

 ——それだけ。

(……情報、少なすぎない?)

兄が二人いることはわかった。

だが、レオお兄様も、マティお兄様も、おそらく愛称だ。

本名も知らない。

年齢も知らない。

どんな人なのかも知らない。

どうして兄が外国にいて、なぜ帰国できないのかも、わからない。

(……不安すぎる。)

エドゥアール・ルクレツィアの名前だけは知っている。

譜面上でしか父の存在を知らないが、有名な作曲家だからだ。

(お父様は、ともかく…)

外国の大貴族に仕える音楽家なら、末子の私と父が過ごせた時間は、きっと多くなかった。

多少知らないことがあっても、仕方がない。


(ただ、流石にお兄様の名前くらいは覚えて帰らないと…)

苦肉の策で、私は校舎へ向かい、図書館などで調べることにした。

新聞、学籍情報、卒業生名簿……何か、手掛かりがあるはずだ。


——しかし。

「…今日は各教室の魔石通信の点検がありますので。」

校舎へ向かうと、受付で門前払いをされてしまった。

今日は関係者以外の校舎立ち入りが禁止されているらしい。


「…と、図書館に楽譜の忘れ物をしてしまったみたいで…」

私は咄嗟に嘘をついてしまい、顔を曇らせた。

受付の女性職員はいかにも訝しそうにしている。


(…私って、普段はひどい「大根」なのね…)

新入生コンサートの時は怖い上級生に立ち向かえたのに、

今の私は何とも情けない姿だ。


「…そうですか。では図書館職員に確認をします。」

受付の職員が図書館と通信し、すぐに戻ってきた。


「図書館に楽譜の忘れ物はないそうです。」

(…それは、そう…だと思う…)


「…ですが、念の為、入って確認してくださいだそうです。」

「ただし、本日は警備の者も少ないので、用事を済ませて速やかに出るように。」

受付職員は小さくため息をつき、それから私に微笑みかけた。

私は嬉しさと安心感から、思わずいつもより大きな声で礼を言い、足早に図書館へ向かった。




 ルクレツィア家の長男は、レオニード・ルクレツィア。

私よりも8歳上で、音楽院時代は歌の専攻。

卒業後は隣国・アウレリア帝国へ大学進学、音楽教育を専攻。


そのまま帝国の孤児院に併設された教会で、カントールとなった。


カントールとは、教会や宮廷、音楽院で音楽を統括する作曲家兼指揮者、教師に与えられる称号だ。


(…レオお兄様は、教会音楽家と、孤児院の先生をされている、ということね。)

(帰って来れない事情って、何だろう…)


次男は、マティアス・ルクレツィア。

私よりも5歳上で、音楽院時代は芸術運営専攻。

卒業後は美術学校に通いながら職人に弟子入りし、

今は独立したばかりのアトリエで、舞台美術を手掛けているらしい。


(…マティお兄様は職人さん、ということかしら。)


そして、母親であるクラウディア・ルクレツィアは調べるまでもなかった。

鍵盤楽器ラメント・クラヴィーアの名手で、貴族の子女へのレッスンなども行っている。

同級生や上級生にも母から鍵盤を習った人は多く、

夏休みに入る前は

『お母様によろしくお伝えください。』

と何度言われたかわからないほどだった。


(ここまで情報があれば、とりあえずは大丈夫…かな。)


私は図書館職員にお礼を言って、兄の資料をすぐに返した。

(…結局、学務課にも連絡してもらっちゃった。)

レオニードの資料には、手書きの追記と、それを慌てて消したような修正跡が残っていた。

——それだけが、少し気になった。


静まり返った校舎に、私の足音だけが響く。

(早く、出ないと……。)


人のいない学院は、いつもより少し広く感じた。


——その時だった。

歌声が、聞こえた。


  Ave, o stella cadens,

  lumen super mare noctis.

  ——祝福を。

  堕ちゆく星よ。

  夜の海に光を落とす者よ。


壊れてしまいそうなほど、静かで儚い歌声。


その声が、遠くから聞こえる。

無意識に足が聖堂へ向かう。


校舎の中庭を通り、やがて石造りの回廊に進む。


初めて聞く歌声だった。

——けれど、私はすぐに、その声の主を理解してしまった。

間違えようがない。



(——でも)

(こんな、秘密を、私が…)


  Sancta voce, aperi portas.

  Ne timeamus pulchritudinem.


  聖なる歌声よ、門を開いて。

  私たちが、美しさを恐れぬように。


扉の前に立ち、胸の鼓動が高まる。

この向こうに、触れてはいけない秘密がある。


(——それでも)


私は聖堂の扉を開いた。

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