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「……はぁ…ノエル様、素敵でしたね。」
まだ夢の中にいるような声でアリアが呟いた。
新入生コンサートが無事に終わり、
私たちは楽屋の片付けをしていた。
——けれど、劇場に満ちていた熱気は、まだ胸の奥に残っている。
「…ええ、本当に。」
私も頷いて、ノエルの歌を思い出す。
確かに、今日は“新入生のお披露目の舞台”だったということを忘れるほど、
エトワールの存在感は圧倒的だった。
「…私も、その…ああいうの…目指せるでしょうか。」
「…エトワールに?」
「アリアなら、とっくに候補なのではないでしょうか?」
私はドレスをたたむ手を止めて、きょとんとした目で彼女を見つめた。
「え、ええ?…エトワールというか、あの…ノエル様みたいな、その…」
「ズボン役のこと?」
私はアリアがズボン役として舞台に立つ姿を、思わず想像してしまった。
(可愛い、かも。)
(……いえ、かなり可愛い。)
(——ますます人気者になってしまう…!)
…けれど。
確かに、アリアの声はメゾソプラノ寄りで、暖かく、芯も強い。
案外、本当に似合うかも知れない。
「良いですね。私は、似合うと思います。」
今日歌った「占いの歌」も、主人公が女性とも男性とも決まっていない。
少年役の設定でアリアが歌うのも、魅力的な気がする。
赤い薔薇なら情熱
金の鳥なら幸福
月のカードは秘密の恋――
……おや?
黒猫、嵐、割れた鏡
棺桶、涙、古い塔
「これは、その……」
今のは数え間違い!
(今日は、少女らしい魅力があったけど。)
(少年役でも聴いてみたい。)
「本当ですか?」
アリアは嬉しそうに笑った。
「うん、やっぱり、私、後期は歌劇のレパートリーに進みたいです。」
「今年の聖セシリア祭では、名無しでも、役をもらって…」
アリアは上級生の舞台を見て、ますます歌劇への憧れを強くしたようだった。
具体的な目標も、もうできている。
「もし、学年が上がって、ちゃんと役が取れたら…」
「そしたら、歌劇だとセレナさんは絶対、お姫様役だと思うから…」
「いつか相手役とか、できたらな…って…」
「えっ…?…と、…アリア、少し話が飛躍していますよ?」
私は思わず変な声で返事をしてしまった。
それがおかしかったのか、私たちの会話を楽屋で聞いていた女子生徒たちが、くすくす、と笑いを零した。
(…雰囲気が、優しい。)
(…良かった。アリアだけじゃなくて、みんなとの距離も少し縮まったのかも。)
アリアは寮で当番があるらしく、少し早めに楽屋を出た。
私は片付けに思ったより時間がかかってしまい、一番最後に楽屋を出た。
(女子楽屋は私で最後です、と誰かに伝えようかしら。)
荷物を持ち、舞台袖辺りで人を探していると、ユリウスの姿が見えた。
「——アルディエ様。」
舞台監督である彼に伝えておけば、きっと大丈夫だろう。
私は彼に近付き、声をかけた。
「…セレナさん。お疲れ様でした。」
「今日は、素晴らしかったです。」
「——本当に、進行では助けられました。」
珍しい、ユリウスの柔らかい声。
「いえ…私が、というより、素晴らしい歌手と組めましたから。」
「…そうでしょうか。」
「あなたの凄さは、皆に伝わっていますよ。」
「……。」
「ありがとうございます。」
不思議な間が空き、本番の後の舞台袖の静かさが耳に突き刺さる。
「……女子楽屋は私で最後です。」
「今日は、色々とありがとうございました——」
「私も、今出るところです。」
私の言葉に被せて、ユリウスが口を開いた。
「また、寮まで一緒に帰りましょう。」
——優しい表情、穏やかな声。でも。
(…私は、この方が怖い。)
(何かを、見透かされているようで。)




