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演奏を終え、舞台袖へ戻った瞬間。
「セレナさんっ」
アリアがぱっとこちらを振り返り、花が咲いたように笑った。
「聞こえましたか、最後の拍手!」
「……すごく、嬉しかったです!」
頬を紅潮させながら話す彼女は、まだ舞台の熱を纏っている。
「ええ。とても良い演奏でした。」
「それに、貴方は客席の空気を掴むのが上手です。」
「えっ!? そ、そうでしょうか!?」
「えへへ…でも、それは…セレナさんが伴奏してくれたからです。」
(…私も。)
(この経験で、何か…)
大事なことを掴みかけた気がする。
そう思った時だった。
「——大丈夫ですか?アリアさん。」
楽屋の方向から、やけに柔らかな声が落ちた。
そこに立っていたのは、
蜂蜜色の巻き髪を揺らした少女——リディア・ハルフェンだった。
その隣には、
どこか気まずそうな表情を浮かべた赤髪の少女、エミリア・クラインの姿もある。
二人とも商家の娘で、学院の中でも裕福な家柄として知られている。
「セレナ様が、ご用意が間に合わなかった貴方のためにドレスを貸して下さったそうですけど…」
「わざとエトワールであるノエル様のお衣装のお色と被せた、と、お聞きしておりましたので。」
「私たち、心配していたんですけれど。安心しましたわ。」
新入生コンサートのソリストが決まったあたりから始まったアリアへの嫌がらせ。
アリアとの練習を重ねるうちに、私は二人が関係していると気づいていた。
巧妙で、陰湿で…証拠を掴めずにいたが、わざわざ自分たちから来てくれたのであれば話が早い。
私が言葉を返そうとしたその時、
「……お気遣い、ありがとうございます。」
「ですが、舞台に支障はありませんでしたので。」
私が言い返すより先に、アリアが毅然と言い放った。
「それに、空色のドレスは私からお願いしたんです。」
「…では、私たちは着替えますので。」
アリアは私の手を掴み、そのまま楽屋へ一緒に戻った。
「…あ。」
「言って…しまいました…。」
「大丈夫かな…。」
楽屋へ戻るなり、アリアは目に見えておろおろし始めた。
(——ああ、そういうことだったんだ。)
あの二人の陰湿な行動は、アリアへの嫌がらせだと思っていたけど。
それだけではない。
「セレナ・ルクレツィアはアリア・フェリスをいじめる悪役令嬢」に仕立てたかったんだ。
——何のために、かは、まだわからない。
伴奏合わせの日の、アリアの怯え方もそう。
あの上級生…ヴェロニカも、「平民いじめとしてエトワールとの衣装被りをさせる」不届き者がいる、という正義感で私を非難しにきたんだ。
——そして。
アリアは自分への嫌がらせに対しては、どんなに理不尽でも我慢して謝っていた。
それなのに、私が悪者になりそうな場面では、怒っていた。
(…どうして気が付かなかったの。)
——違う。
アリアは最初から気づいていて、
それでも、私に悟らせないようにしていたんだ。
(…敵わない。)
(なんて、強い子なの。)
(…負けない。)
(…あの子に恥ずかしくない、私でいなければ。)
着替えを終え、私たちは再び客席へ戻った。
客席の空気が、どこか浮き足立っている。
皆、待っているのだ。
——最後の演奏を。
「……すごい人。」
隣でアリアが小さく呟いた。
客席はほとんど埋まっている。
新入生コンサートとは関係のない、立ち見の生徒までいた。
「…ね。」
「エトワールが歌うときは、こうなるんだよね。」
いつの間にか後ろに、ノクティス先生がいる。
オーラを消すためなのか、今日の先生はメイクも服装も異様に大人しい。
「……それにしても、今年のエトワールは凄い人気だけど。」
——本日の最後を飾るのは、
エトワール、ノエル・フォン・アルシェール。
「夜明けを継ぐ者」
伴奏、ヴェロニカ・エーデル。
アナウンスに被せて、甘いため息と黄色い歓声が聞こえてくる。
そしてノエルが舞台に登場すると、歓声はさらに増した。
——客席が熱狂する理由が、すぐにわかった。
ノエルの短く整えられた淡緑の髪が、舞台照明を受けて輝く。
空色のパンツスタイルの衣装は、まるで物語から抜け出した王子そのものだった。
「……ノエル様、素敵。本当に王子様みたい。」
隣でアリアが、うっとりと呟いた。
私もその言葉ではっとして、ステージに見惚れていたことに気がつく。
(——今年のエトワールは…)
“ズボン役”。
歌劇において、女性が男性役を演じる伝統的な役柄のことだ。
若き王子。
国を追われた革命家。
民を守る騎士。
滅びゆく国を背負う継承者。
妖艶な吸血鬼や悪魔。
気高く、儚く、けれど誰よりも強い。
——そんな青年を、女性歌手が演じる。
ノエルがしなやかに礼をすると、客席の空気が張り詰めた。
その静寂を切り裂くように、
ヴェロニカが勇ましい前奏を奏でる。




