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「秘密」の歌姫-元天才子役の私、負けヒロインに転生したので歌で運命を書き換えます。  作者: A Melon


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「セレナさん…ありがとうございました。」


薄ピンク色のドレスに着替えたアリアが、小さく頭を下げた。

それは、私が控えとして持ってきていた一着だった。

ドレスも、アクセサリーも想像以上に彼女に似合っていて、本当に愛らしい。

私は思わず瞳を細めながら、言葉を返した。


「大丈夫です。衣装のトラブルは、よくありますから。」

「こんなこともあろうかと控えのドレスを持ってきて、良かったです。」


(…子役だった経験が、こんなところで役に立つなんて。)


アリアがドレスを持っていないことを知っていて、

衣装が着られないように仕向けてくる人がいるとは。

しかも、上級生やエトワールの存在も使って。


 残酷だが、これが少女たちの舞台裏、「楽屋」の現実でもある。


——だからこそ。


「アリア、先ほどの貴方の対応…ああいう言い返し方は、損をしてしまいます。」


「……だって、セレナさんが……」


(——わかってる。)

(彼女は、私のために怒っていた。)


「…ええ、その…気持ちは伝わりましたが。」

「…ふふ。ありがとうございます。」


「…でも、あれはだめです。」

「……ええ!?…は、はい…」


私は今まであった楽屋でのトラブルや嫌がらせの話を彼女に聞かせた。

それをどうやって切り抜けてきたのかも。


(辛かったことだけど、こうして明るく話せるようになったんだ。)


屈託なく笑い、表情をくるくる変えるアリアと話していたら、

私は本番前の緊張がすっかり解けていた。


出番が近づき、私たちは袖で待機を始めた。


——すると。


「…なるほど。では、影アナウンスを入れましょうか。」

「ラメントの調律、でアナウンスを。」

「はい、出順は変えません。」



覚えのある、爽やかな男性の声。


本番中の舞台袖とは思えない落ち着き。

白金の髪、一切の乱れのない身のこなし。


(——ユリウス・ヴァルツェン・ド・アルディエ様。)


舞台運営専攻の2年生と聞いてはいたが、

今日は舞台監督の担当だとプログラムに記載があった。


「——セレナさん。」


私たちの姿に気づいたユリウスが、静かに近づいた。

簡潔に挨拶を済ませ、彼は淡々と状況を説明する。

私たちはそれを聞くまで、トラブルが起こっていると気が付かなかった。


どうやら鍵盤楽器のラメント・クラヴィーアは、

本番中にも調律が必要なほど音程が狂いやすいらしい。

そしてつい先ほど調律中に弦が切れたらしく、現在対応に追われているとのこと。


「なるほど。弦が切れたのはどの音ですか。」

私は状況を確認しようと、彼に尋ねた。


「2段目のG、3番だそうです。」


(…よりによって、よく使う音が。)

(——でも。)


「大丈夫です。切れたままでも問題ありません。」

私は楽譜を凝視しながら、ユリウスに伝えた。


必ず使う音であることは確か。

でも、この音を使わずに、和声を崩さず、伴奏を成立させることはできる。


(私たちの出番の後にラメントを使うのは…)

(一番最後の、エトワールだけ。)


つまり、今を乗り切ったら、何とかする時間は十分にある。


「…アリア。こういう事情で伴奏が簡略化されるけど、問題ないかしら?」

「はい。ありません。そういう練習もしましたから。」


私たちは顔を寄せ、小さな声で確認を交わした。

アリアの舞台袖での堂々とした落ち着きは、頼もしいほどだった。


動じない。

緊張も、トラブルも、力にできる。

彼女の才能の片鱗がまた垣間見えた。


「——アルディエ様。」

「参りましょう。客席が、不安になる前に。」


私の言葉にユリウスの瞳が、わずかに見開かれる。

そして、すぐに落ち着いた様子で指示を出した。


「わかりました。では、スタンバイを。」


——歌専攻、アリア・フェリス。

「めでたし 海の星」

「良き運命-占いの歌-」

  伴奏、セレナ・ルクレツィア。


アナウンスの後、アリアを先頭にして私たちは舞台に出た。

既に、会場は温かい拍手で満ちている。


(……やっぱり、舞台の上のアリアは特別。)


歌うことそのものが嬉しいと、彼女の全身が輝いて見える。



——1曲目「めでたし 海の星(Ave Maris Stella)」

教会で歌われる、古典歌曲。


  Ave, maris stella,

  Lux super undas.

  Duc nos per noctem,

  Mater silentii.


  めでたし、海の星よ

  波間を照らす光よ

  私たちを夜の海へ導いてください

  静寂の母よ


祈りそのもののような歌だった。

アリアが最初の音を紡いだ瞬間、ざわめいていた空気が静かに沈んだ。

簡略化された伴奏も、アリアの透き通った素直な声を際立てている。



——2曲目「良き運命-占いの歌-」

1曲目とは対照的な、世俗的な歌曲。


カード占いで恋の行方を占うも、出てくるのは不吉な暗示ばかり。

「1枚多くめくったから」「手順を間違えたから」と、良い結果が出るまで何度も占い直す、少しコミカルな楽曲だ。


  赤い薔薇なら情熱

  金の鳥なら幸福

  月のカードは秘密の恋――

  ……おや?

  黒猫、嵐、割れた鏡

  棺桶、涙、古い塔


 「これは、その……」

  今のは数え間違い!


アリアの歌声が、チャーミングな歌詞に似合っている。

さらに、彼女は絶妙なタイミングで客席へと視線を向ける。

それが可愛らしくて、時折客席から笑みが溢れた。


演奏が終わると、先ほどよりも大きな拍手に私たちは包まれた。


舞台の熱気とは裏腹に、

私は冷静に客席へ視線を巡らせる。

——いた。

リディア・ハルフェン。

そして、エミリア・クライン。

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