太陽の埋められた丘
シルフ。あなたがわたくしの世界へと渡ってから、わたくしの秘密研究所へ身を隠すまで、アクション映画さながらの活躍を見せていただきました。本当にドキドキハラハラの連続でした。でも科学者とは思えない身のこなしは、熟練の兵士というよりダンサーのようでしたね。
ルシエラさんとの出会いからヴィーさんとの共同実験まで、あなたは普通の科学者なら十人以上の業績を成したのですよ。それも期間の短さを考えれば、更に高く評価されるでしょう。
本当にあなたが居なければ明日という日を迎える事は難しかったでしょう。
かつてわたくしはあなたに呟いた事がありました。
——わたくしは、アルパでありオメガなのでしょう。
そう、あなたが狭間に閉空間を創れる可能性、アイソレーションを見出した時です。わたくしは、決着をつける一つのアイデアを思い付きました。なので、あなたにその可能性の追求をお願いしました。皆さんには、内緒にしてもらいましたよね。
あなたは本当に優れた科学者でした。わたしのアイデアを実現する方法も、そのための実装も、たったあれだけの期間で用意してしまったのですから。
あなたとは共同研究者としても友人としても過してきましたから、これ以上の思いで語りなど必要ありませんね。静に明日を迎える事にしましょう。
では、また明日。
おやすみなさい。シルフ。
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今日はわたくしの誕生日。兄が占拠する、元わたくしの研究所に眠るわたくしの身体を”復光”し、わたくしの意識体をインカーネーションする日。つまりわたくしの第二の誕生日です。
今頃シルフはわたくしの身体の眠る研究所への襲撃を行っている事でしょう。兄が未だヴィーさんの世界で悪足掻きをしている事は分っています。その隙をついて、シルフはあそこに眠るわたくしの身体を盗みだし、走査データを消去している筈です。
彼女には本当に、本当に、感謝しても感謝し切れません。彼女の発見したアイソレーションは、わたくしに、わたくしと兄の業に決着をつける手段を与えてくれたのです。
肉眼で彼女とまみえ、肉声で彼女と語る事が出来た時、彼女には深い、深い感謝の言葉を述べましょう。
時間がやって来ました。彼女の合図が伝わってきます。予定通りシルフはわたくしの身体の奪取に成功したようです。彼女は”復光”を発動させました。彼女は続いてインカーネーションを施しました。わたくしの意識は次第に薄れていきます。彼女の声も聞きとりにくくなりました。もう直ぐです。もう直ぐ……
わたくしの両眼は、眩い色彩と濃淡のパターンを捉えています。わたくしの両耳は高く繊細な空気の振動を捉えています。しばらく身体的な刺激に触れていなかったからでしょう。わたくしの身体が捉えた刺激を、脳が有意の信号として処理できなかったようです。
ですが、次第に慣れてきました。
わたくしの両眼が捉えていたのは、わたくしにそっくりのシルフの顔でした。
わたくしのだんだん広がっていく視野にはPSを装着した勇ましいシルフの姿が映っていました。
わたくしの両耳が捉えていたのは、わたくしにそっくりのシルフの声でした。
わたくしは、無事第二の誕生日を迎えたのでした。
わたくしは、シルフに感謝の言葉を伝えようとしました。久し振りに震わす、わたくしの声帯は、しかし思った通りには動きませんでした。嗄れた、言葉にならない言葉しか出せませんでした。
シルフはわたくしを落ち着かせようとしてくれています。
もう少し待って。
意識が身体に慣れるから。
彼女の声に、わたくしは今唯一わたくしの意志で動かせる瞼を使って、了承の合図を送りました。彼女の言う通り、焦らず待つ事にします。段々、身体が馴染んでくるのが分ります。ゾーイさんが経験したのと逆の現象です。意識と身体が無意識と通して様々な処で結合していくのが分ります。
シルフがもう良いだろうと合図してくれました。わたくしは、もう一度彼女へ感謝の言葉を伝えました。
「シルフ。今迄、本当に有難う。あなたが居なければ、わたくしは、わたくしがすべき事を見付ける事も、その為にこうやって身体を取り戻す事も出来なかったでしょう。
本当に、本当に全てはあなたのお陰です。この想いの万分の一も伝える言葉を持ち合わせませんが、あなたに感謝いたします。
本当に、有難う御座います」
わたくしが、もっと語彙が豊富であったなら、もっと、もっとこの想いの全てを伝えられたでしょう。ですが、わたくしは科学者です。語彙もセンスも、何もかもが足りません。わたくしは、わたくしの知る言葉全てを使ってシルフに感謝を伝えたのでした。
シルフは、分ってるという合図をしてくれました。わたくしの感謝の言葉を聞く間、ずっと苦笑していましたけれど。
わたくしの感謝の嵐が収まった頃、シルフはわたくしに帰還の挨拶をしました。彼女はこれから彼女の世界へと戻ってゆきます。戻る為の装置の操作は、勿論わたくしが行います。
別れ際、シルフは真剣な表情でわたくしの目を真っ直ぐ見ました。
「ベアトリス。端末にあなた宛のメッセージを残しておきました。わたしの見送りを終えた後、最初に見て下さい。わたしの最後のお願いです」
わたくしは深く頷きました。恩人の言葉を違えるつもりはありません。シルフは安堵の表情を浮べて、ゲートの向こうへ消えて行きました。ディノス達も寂しそうな鳴き声で彼女を見送っていました。
わたくしは、兄が来るのを待ちました。来るか来ないか心配する必要はありません。あの研究室の異常は彼がどの世界にいても、彼には伝わりますし、あの研究所には此処の場所を残してもらっていますから。彼は必ず来るに決っています。
待ち時間にシルフのメッセージを確認しましょう。わたくしは彼女のメッセージを再生しました。
「ベアトリス。わたしは、あなたが何をしようとしているか、分っているつもりです。あなたは、あなたの兄マイケルの意識を道連れにアイソレーションするつもりでしょう。
つまり、あなたとマイケルの意識体を狭間の一領域に局在化させて、その周囲を閉空間とする、即ちその他の領域からの繋りを全て無くしてしまうつもりでしょう。
確かにそれは一つの解かもしれません。ですが、残されたわたし達の心情を考えているでしょうか。ルシエラ、ベル、マリア、ラウ、ゾーイ、ヴィー、キュベレイ9そしてノアやイザベルでさえ、あなたとの永遠のお別れは辛いのです。
皆からベアトリス、あなたへのメッセージを添付します。これを聞いて下さい。そして、是非再考をお願いします。
もし再考してくれるのなら、代替案を提示します。添付ファイル【太陽の埋められた丘】を開いて下さい。あの日、あの洞穴の奥の空間で、あなたがわたしにした挨拶、【陽埋めの丘】を少しもじりました。解読鍵は、アイソレーションを発見した日、あなたがわたしに告げた言葉です。
もう一度あなたと、会える信じています。ですからさよならは言いません」
わたくしの目頭は思わず熱いもので溢れてしまいました。皆、わたくしの所為で自らの運命を変えられた方達です。わたくしを恨んだとしても、わたくしにそれを責める謂れはありません。なのに……
わたくしは目を瞑り、しばらく熱いものが頬を流れるに任せました。
わたくしの感情が落ち着いた頃、添付ファイルを開きます。
解読鍵は勿論これしかありません
【わたくしはアルパでありオメガである】
わたくしは、事の始まりを作った者としてのアルパであり、最後に兄を道連れに世界との接触の全てを断つつもりでオメガであろうとしました。その決意の言葉でした。
ファイルの内容を確認していきます。成程、わたくしは理解しました。アイソレーションとは異りますが、確かに兄の罪への罰となるかもしれません。
わたくしは、心を決めました。
わたくしは、兄の到来を心静かに待ちました。




